ああもうホント、腰が痛い限りです
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
「え、あれ? なんだこれ」
深夜3時。
いつも通り積み上がったタスクを前に、PCの前で根っこをはやす時間。
私は部屋で一人、異常事態に見舞われていた。
「やばい、このままじゃ作業できない」
本当に一瞬、気を抜いただけなのだ。
最初は画面が馬鹿になったんだと焦った。
だけど、そうじゃないことに気がついたとき、私は小さく絶望したのだ。
「待ってよ、このままじゃ前見えないじゃん」
少しずつゆがむ視界に、私の心もぐずついていく。
そんな異常事態に、原因の検討なんて思いつくはずがなく。
「止まれ、止まれよ」
ただただ、訳も分からず涙を流し続けた。
完徹するなんてそう珍しいことじゃない。
「いつも通りなんだけどなあ」
結局、涙を流したまま眠れず、朝を迎えてしまった。
パソコンの前で多分5時間、何も出来ずぼんやりと泣き続けてしまったのだ。
「らしくねえな」
そう独りごちるも、この後学校に行って笑い話に出来るような気力も湧かない。
……別に特別悲しいことがあったわけじゃないのだ。
誰かが死んだとか、酷いことを言われたとか、悲しい映画を見たとか。
コレと言って泣いてしまうような原因も見つからず、朝を迎えてしまうなんて“らしくない”。
「普段、泣けないくせに」
どんなに感動しても、悲しくても泣けない自分が泣いた。
きっと私を知る人が見たら、驚いて腰を抜かすだろう。
でも、それに喜べるほど私も楽観的に出来ちゃいない。
「なんだよ」
原因不明の異常事態。不安ばかりが募っていく。
それにまた鼻の奥がツンとして、慌てて目頭を押さえた。
「学校行かなきゃ」
なんだか朝ご飯って感じじゃなくて、先に化粧を済ませてしまおうと鏡台の前に腰掛ける。
直前までのノロノロした動きとは違い、化粧をする前はいつも通り背筋が伸びた。
「大丈夫、まだいける」
……昨夜はあんなことがあったから、タスクを片すことは出来なかったけど。
学校行って、話し合いして、家帰ったらまた頑張ろう。
いつも通りPCの前に座って、イラレを立ち上げて。
そうやって、背筋を伸ばしたまま、化粧下地を手に取った、
はずだった。
「なんで泣いてるの」
背後から掛かった母の声が、抱えた膝の隙間から聞こえる。
あれから何分経ったのだろう。
手の甲に落とした化粧下地が緩くなってしまうくらい、私は鏡台の前でじっとしていた。
「わからん」
手をだらりと落とせば、下地が指先を伝うのを感じた。
でも、分かったのはそれだけで、涙がほおを伝う理由は全く分からない。
「わからんけど」
本当は何度も顔に塗り込もうとした。
いつも通り、腰を立てて座って、背筋を伸ばそうと鏡を見たのだ。
「わからんから、悲しい」
鏡の中の自分が、今にも死にそうな顔をしていることに、ひどく悲しくなったとき。
初めて私は自分の心が折れていることに気がついたのだ。
自分が引き受け損しがちだなんて、とっくの昔に気がついていた。
昔から他人の手伝いをしたり、仕事を引き受けたり。例え自分に得がなくても“その人が助かるなら”なんてきれい事で動けていたのだ。
……でも、それがいつの間にか自分の中で“やらなきゃいけないこと”になってしまった。
「ああ、うん、大丈夫。なんとかやってみる」
ほんとはしんどい。疲れるし、やめたい。誰かを頼りたい。
だけど、私の中で背筋を伸ばし続けるプライドがそれを許せなかった。
「引き受けたからには、自分でやり通せ」
「自分の責任だろ」
「自立できない人間になるな、自分でやれ」
責任感がいつの間にか自責に変化したとき、私は誰にも背中を預けることが出来なくなってしまっていたのだ。
「頼りたい。でも、頼っちゃダメ」
そんな風に自己暗示する度、現実の背筋は身に染みついた教訓をおもいだす。
『背もたれにはもたれちゃダメ。腰を立てて、自分で背筋を伸ばしなさい』
腰を立てて座れば、まっすぐ座れる。
……でも、今はどうだろう。
どんなに背筋を伸ばそうとしても、腰痛持ちみたいに背筋が曲がってしまう。
自分の力じゃ何も出来ない。
「これじゃ、私に意味がない」
そんな無力な自分が嫌で、鏡に写る自分の姿を見たくなくて。
……背後に立つ母は、そんな情けない娘の姿を見てどう思うんだろう。
ソレを確認するのも怖くて、更にぐっと膝を抱え込んだ。
「もっと頼れば」
曲がった背に添えられた手に、思わずびくりとする。
でも、ただ置かれただけの手に、ひどく安心してしまって。
「別に、一人でやらなくてもさ、いいんじゃないの」
ダメだ! と叫んでいた自分のプライドが、徐々に小さくなっていく。
あれだけ私のことを苦しめていたのに、私の丸まった背に置かれた手のぬくもりに、溶かされていくみたいだった。
「いいかな」
だから、欲張って、聞いてしまった。
後一言、その一言が欲しい。
「頼っていいよ」
そう言われた瞬間、私はやっと許されたんだと。
勝手に自罰的になっていた自分が、出来ない自分を少し許せるようになったんだと。
曲がった背筋を支えてくれる人が居ることに、やっと気がつけたのだ。
「頼って良いんだ」
……多分、まだ背筋を伸ばすことはやめられないけど。
それでも、腰が痛くなったら、休んで良いんだと。
きっと私はそう言って貰いたかっただけなのだ。
やっと上げた顔で母を見ると、まだ母はそこに居てくれていて。
「まあ、なんでもかんでも引き受けないことだね」
「それは、ああ、もうホント、耳が痛い限りです」
腰をさすりながら、やっと私は泣き止むことができたのだ。
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