おうち居酒屋のススメ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:吉田けい (ライティング・ゼミ日曜コース)
「ねえ、今日、おうち居酒屋やる?」
晩酌は楽しいものだ。特に自宅で寛ぎながら飲む酒は格別。夫は夕飯の後にワインやウィスキー、日本酒など、その時の気分でゆっくりと楽しむのが好きだ。私は妊娠を機に断酒し、授乳中の今もまだ酒を解禁していない。
「いいね、やろう!」
けれど、夫にそう声をかけられるとワクワクする。息子を寝かしつけて、夕食の食器を片付けたら、夫は酒とつまみ、私はとっておきのお菓子を出してテーブルに集合! おうち居酒屋のはじまりだ。
「おうち居酒屋」は、もともと私が育児系webコラムで見かけた言葉だった。子供が寝静まったら、取り寄せておいた美味しいお酒や特産品を広げて、映画を見たりダラダラ話したりする。お店で飲むより手軽で安上がり、片付けも楽で、眠くなったらそのまま布団に行くだけ。ポイントは、火や包丁を使わずにおつまみを用意すること。もともと飲み歩きが好きなご夫婦とのことで、子供が小さくても家で出来る楽しみとして紹介なさっていた。これ、すぐ出来るし楽しそう! 私が夫にコラムをシェアすると、その日の夜には夫は「おうち居酒屋しよう」とニコニコ言い出した。
「この曲なに?」
「今日はエアロスミス」
おうち居酒屋が始まると、夫はその時の気分で音楽をかける。チープなCDプレイヤーが冷蔵庫の上にあるのは、コンセントの都合と、研究熱心な一歳の息子にイタズラされないためだ。今夜はギュンギュンのギターでフィーバーすることになった。
私達はおうち居酒屋の開店中、何をするか特に決めていない。その時々でそれぞれがしたいことをする。この日はソーダマシンという炭酸水を作れる機械で、夫はハイボール、私はカルピスソーダを作った。
「今日、公園に行って、すべり台自分で滑ったよ。ほら」
「マジか〜。ゆーたん天才だな〜」
一番多いのは、やはり息子の話題だ。撮りためた動画や写真を見て、笑ったり、ニヤニヤしたりする。あまりに可愛くて寝ている息子を二人してそっと見に行くこともある。
時には、仕事の話をすることもある。今後の事業や、温めているアイディアなど、とりとめもなく話すが、忘れないようにちょっぴりメモをしておくのが後日役立てるコツだ。
興が乗れば、音楽に合わせて、ダイニングをドタバタと踊ったりもする。なんだかテンションも上がって無性に笑いたくなってくる。
夫はお笑いの動画を見て、私は日記を書いたり天狼院の課題をしたり、なんていう日もあった。そんな時はお互い何も喋らない。くっくっく、と笑ったり、あーこれじゃダメだーと唸ったり、独り言を呟いているだけだ。
「それって、普通の晩酌と、どう違うの?」
そんな声が聞こえてきそうだが、普通の晩酌とは全然違う。なんと言っても、この時間の過ごし方に「おうち居酒屋」と名前がついているではないか。
夫はもともと晩酌を嗜む人だった。外で飲む時もあるし家で飲む時もある。家で晩酌に付き合うのはたいてい私だ。今だから言えるが、私は夫の晩酌に付き合うのが嫌だった。
妊娠するまで、私は勤務先に通勤する傍ら、夫の会社の事務やサポートをしていた。自宅から勤務先までは一時間以上かかり、しかもとても混雑する路線を使わなければいけなかった。毎日ギュウギュウに押し込まれてヘトヘトになり、日曜日は夫の会社の研修サポート、平日夜は夫の会社の経理処理。もうパンパンだ。夫は食事の用意など最大限のサポートをしてくれていたが、食事の後に晩酌が始まると、あーまたか、付き合うと経理できないし寝られないなあ、と、疲れが倍増するような心地だった。楽しいは楽しいし、夫婦のコミュニケーションでもあるので出来るだけ付き合いたい。しかし、いつも頭のどこかで、この時間であれが出来た、これが出来た、とタスクを数えてしまっていた。
勤務先を退職後に妊娠が発覚してからは、体調を理由に晩酌を少し避けていた。息子が生まれ、夫の会社の事務のみ復帰してからは、また前と同じように少しモヤモヤしながら相伴していた。そんな時に「おうち居酒屋」という言葉を知ったのだ。それまで何となく始まり、何となく終わっていた晩酌の時間に、名前がついた。
「楽しいなあ。明日もおうち居酒屋したいなあ」
夫も、一人で晩酌したい時と、一緒に話したい時、その時々の気分があったらしい。眠そうな私を見て、一人で飲みたいのにな、無理して付き合わなくてもいいのにな、と思っていたそうだ。
「いいね、やろう! 昼に買い出ししよう」
おうち居酒屋に誘う、誘われる。今日は一緒に飲まない? いいね、残りの仕事は明日にする。そんな簡単な意思疎通もできていなかった私たちは、思っていたよりぶきっちょ夫婦だった。ぶきっちょな二人がモヤモヤしていた時間に名前をつけることで、気持ちやモードをうまく切り替えられるようになったのだ。
晩酌をする人は、今日からおうち居酒屋と名前を変えて、一緒に飲もうと誰かを誘ってみてほしい。お酒を飲まない人も、一人で飲むのが好きな人も、いつも何となく過ごしている時間に素敵な名前をつけて、ゆったり過ごしてみてほしい。きっといつもより楽しい時間になるはずだ。
「お菓子なくなっちゃった。そろそろ寝ようか」
「そうだな、明日もあるし」
「おうち居酒屋閉店〜」
ちなみに、ほろ酔いくらいで切り上げるようにするのも、おうち居酒屋を楽しむ大切なコツだ。「先に寝てて、後から行くから」という言葉を鵜呑みにすると、翌朝、テーブルに突っ伏して寝こけている夫を発見することになる。閉店して、ハミガキ就寝までを含めておうち居酒屋なのだ。
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