メディアグランプリ

話し方を教えない、話し方の学校との出会い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
http://tenro-in.com/zemi/62637
記事:鈴木伸貴喜(ライティングゼミ木曜コース)
 
人生は、ときに一瞬にして変わってしまうことがある。
物事の見え方や、感じ方や、そして価値観までもが。
 
「先生」
一人の女子が手をあげた。小学校4年の春、ある日の放課後のクラスルームでその女子は、ぼくに酷いことを言われたと告白した。
 
詳しくはこうだ。
その当時、昼休みになるとみんなでサッカーをして遊んでいた。ぼくは一人でみんなを抜いてゴールできるくらいの実力だったため、得意になっていた。そしてやるからには必ず勝つと強く思っていて、皆にも激を飛ばしていた。
「なんでそんなこともできないの?」
「ちゃんとやれよ!」
おそらくそんな意味合いのことを言ったのだと思う。
 
しかし当時のぼくは、混乱した。なぜならまったく悪気がなかったからだ。
サッカーが楽しくて、そして勝つことが嬉しくて。そのために言っただけだったのに。
 
そして同時に、とても否定された気持ちになった。
クラスルームで、みんなの前で立たされたとき、すごく悪いことをしたんだと感じた。
思ったことをそのまま口に出してはいけないんだ。悪気がなくても、相手を傷つけてしまうことがあるんだ。そう悟った。
 
この出来事、このときの感情はぼくの心の奥底にすっと沈んでいった。まるで錘のように深く、深く。
 
小学校を卒業し、中学、高校、大学、社会人になっても、この錘はぼくの心の奥底に沈んでいた。
結婚をして妻がいる。友達もいる。職場で気のあう仲間もいる。
もちろんまったくコミュニケーションがとれないわけではない。必要な会話はするし、相手の話を聞くこともできる。けれどもぼくは心のどこかで常に恐れていた。自分の言葉で人を傷つけることを。そして、自分が傷つくことを。
 
そんな自分に改めて向き合うきっかけがあった。
介護施設のスタッフとして勤務して4年目に現場のリーダーに昇格して、ガラリと仕事が変わったときだ。
いままでは自分の仕事のことだけを考え、技術を磨いてきた。しかしリーダーになった途端、どういうチームを作りたいのか、スタッフがどういう思いで働いているかを考え、まとめる必要に迫られた。
 
言いたいことも、言えない場合があった。
言いたくないことも、言わなければいけないこともあった。
 
リーダーシップや、マネジメント、そしてなによりコミュニケーションに悩んでいたとき、Youtubeである企業講演の動画と出会った。元大手飲食店の伝説の店長で、日本一のタイトルをいくつも取っていたという肩書きはすごかったが、スキンヘッドでなんだか怖そう。見たことがない人だった。
試しに動画を再生してみて衝撃が走った。話す内容や、その言葉、その思いに心が揺さぶられ、涙が出た。
ぼくもこの人にようになりたい。そう決意し、その人が学長を務めている話し方の学校に即座に入学した。
 
話し方の学校では、驚くことに「話し方」をほとんど教わらなかった。
話す以前、その前に土台としてもっとも重要なことはマインド、つまり考え方であると教わった。
「話すことはプレゼント」学長はそう表現した。
 
はじめはピンとこなかった。
人前で話をするとき、どうしても緊張してしまう。皆から視線を感じる。いまどう思われているだろう。うまく話したい。そんな気持ちが湧いてきて、ますます緊張し、目もあわせられなかった。
 
しかし、すべていいよ、失敗いいねと承認してくれる学長や、仲間たちと一緒に学ぶことで、少しずつ自分で自分のことを認められるような感覚になってきた。
その頃、家庭では妻へ、職場ではチームの仲間へ言葉をかけるときも、プレゼントを渡すような気持ちで話そうと意識し始められるようになってきた。
 
少しずつ、けれども確かにぼくの心にある変化が起こっている実感があった。
自分の心にある気持ちを、素直に伝えたい。
 
時は経ち1年後、卒業スピーチで、ぼくはトリを務めることになった。
スピーチのテーマは、家族への感謝と幸せについて。
この日までに原稿を練りに練ってきた。そしてなにより、伝えたいという気持ちを、大切に、大きく膨らませてきた。
 
そして本番。
ぼくはこのときの卒業スピーチを生涯忘れないだろう。
150名の仲間やお客様の前で壇上に立ち、話したときの、あの感覚を。
 
いまどう思われているだろう、うまく話したいと、不思議と思わなくなっていた。
 
プレゼントを渡したい。あ、いま渡せたかな、喜んでくれたかな、とお客様の顔を見ることができた。
 
自分の思いを素直に伝えてもいいんだと、思えた。
 
もう自分の言葉で人を傷つけるかもしれない。自分が傷つくかもしれないとは微塵も思わなかった。
自分の心の奥底にあった錘がすっと溶けて、心が軽くなった気がした。
 
振り返ってみると、ぼくをずっと苦しめてきたのは、話すことだった。
けれども、ぼくに本当に大切なことを教えてくれたのも、話すことだった。
 
話し方の学校に出会って、そしてあの卒業スピーチの日、ぼくの人生は一瞬にして変わってしまった。
話し方の学校はぼくに、「話し方」ではなく、「生き方」を教えてくれた。
 
ぼくはこれからも、相手にプレゼントを渡すようにして、言葉を、思いを伝えていきたい。
***

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2018-10-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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