佐々木さんの穏やかなスーパーポジティブは、持続可能な栄養ドリンク剤
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:田中 眞理(ライティング・ゼミ特講)
「私にとって、この10年間は、とても幸せでした」
店主の佐々木さんは言い切った。
瞳の奥が、微笑んでいる。
営業日は木曜日と土曜日の週2日のみ。自家製天然酵母パン。女性がひとりで経営。
パン屋「落花生」さんは、京都市内の真ん中あたりにある。
どんなパン屋さんなのだろうか。同業者として、6年前からずっと行ってみたかった。
2018年10月18日木曜日。仕入れに行く曜日だけれど、外はさわやかな秋晴れ。
突然、今日行ってみようと思い立った。
円町の交差点から、北東に少し入ったところにある「落花生」さんは、道幅150㎝ほどの道路というよりは、通路に面した住宅密集地の中にあった。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
ご自宅を改装されたと思われる。玄関の引き戸を開けると壁一面の棚に、パンそしてパン。
全13アイテムをトレイにのせて、上り口に設置されたすぐそこのレジへ。
「ありがとうございます」
つやつやのお肌と笑った瞳が印象的な女性。
この方が佐々木さんなのかなあと思いながら、思わず話しかけてしまった。
自分がパン屋をしている、ということを、ほかのパン屋さんで名乗ることはまずない。
意識しているわけではないけれど、そこのお店のパンが食べてみたくて買いにいくので、おそらく買っている瞬間は、自分の職業など忘れているといったほうがいいかもしれない。
なのに、なぜだろう。気が付いたら自己紹介をしていた。
ずっと気になっていて、訪れたいと思っていたことも。
話ははずむ。
私たちは、同じ2007年に開業したということが発覚した。
彼女は10月。私の店は12月。
「『落花生』さんのほうが、ずっと前からやってらした印象でした」
年齢は、彼女が私の3歳年下で、京都市内でめぐってきたパン屋さんも共通していた。
どんどん会話が深いところにいく。
「水曜日から木曜日にかけて、金曜日から土曜日にかけて、は徹夜です」
「わかります。朝に仕上げておこうと思ったら、そうなりますよね」
「週二日の営業って、なに?って聞かれますけど、ほかの日もやることがいっぱいで、全然お休みしてないんです」
「わかるわかる。めちゃくちゃわかります」
生地の仕込みだけではなく、彼女の場合は天然酵母なので、酵母のお世話もある。
中に入れる具材もすべて手作りなので、ジャムを炊く、クリームを炊く、ドライフルーツを漬け込む、ナッツをローストする、やることはいっぱいある。
経理、材料の発注、清掃、など、パンを焼くこと以外にも、やることは無限。
「だから、営業日、接客している時間が、わたしにとっては休憩時間みたいなもので、他人とコミュニケーションをはかる大切な機会なんです」
「だれか人を雇って、一緒にやっていこうと思われたことはないんですか?」
目下私が悩んでいる問題のひとつ、「雇用」について、投げかけてみた。
笑顔がこちらを向く。
「私には無理な領域、って思ってますから、最初から考えたことがなかったですね」
何件ものパン屋さんで働いたことのある彼女は、「雇用」の難しさをうんとわかっていらした。
自分も職人としてパンを焼く業務に携わっていると、なかなか他人の面倒をみるという余裕がない。「パン職人を育てるスペシャリスト」という、別の人材が必要かもしれない。それに、パンは、「だいたいこんな感じ」「こういう感覚」「こんな雰囲気の状態で」という、感覚で生地を仕上げていく部分が多く、その感覚というのは人それぞれだし、持っている体温にも個人差があるので、伝えていくことが非常に難しい。
「それにね、パン職人て、ひとりが好きなひと、他人とうまくやっていけない人が多いじゃないですか」
確かに、そのとおりだ。京都市内で有名なパン屋さん、大手やチェーン展開しているお店以外は、思いつくだけで何件も「焼くのは店主ひとり」「補助は家族」「レジだけバイト」というお店が出てくる。
「私は、自分が焼けなくなったら、このお店、閉めようと思ってます。いつ閉めるのか、それを決めるのも自分だし、そろそろ、そのときを思いながらやっていかないとな、って思ってます。」
うらやましいこの「きっぱり感」。
「大丈夫ですよ。私たち、10年続いたじゃないですか。お客様がいてくださったからでしょ。私にとって、この10年間は、とても幸せでした。そう思えるんです」
佐々木さんの穏やかなスーパーポジティブは、私にエナジーを注入した。
なんでも自分で決められるという自由について、また自分が見落としてきた幸せについて思い起こした。
「田中店」の次の10年、どうしようかなぁ。
売上を伸ばすこと、規模を拡大することだけが必ずしも成長ではない。
人としてどう生きるのか。
ポイントはそこだと思う。
「人としてどう生きたいのか」
まずはそこをクリアにしていきつつ、パンを焼くこと、商売をすること、その方向性について、深く思考しよう。
自分を信じようという気持ちが、静かによみがえってきた。
外は秋晴れ。空は遠い。
少しずつ、心の雲が晴れていくのを感じながら、コインパーキングに向かう足取りは軽かった。
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