こころの旅は、ししおどし。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:田中 眞理(ライティング・ゼミ朝コース)
「ぱこん」
ときどき、心の中で、「ししおどし」の音がする。
お寺の庭園などにしつらえられた、あれだ。
たまってきた感情が、満杯になる。あふれてバランスを失い、「ぱこん」とひっくり返って、再び空になる。
書くことは、自分の内側に向かう旅。
自分をひもといていく旅。
自分を形成する小さな細胞の安否確認をしていくような感覚。
歩いているのはひとりだけれども、もうひとりの自分との内側の自分と対話しながら進んでゆくので、ひとりで黙々と歩いている感覚ではない。
ライティングゼミも、中盤にさしかかり、旅は少しずつ深いところに進んできた。
毎週1回、文字という形で見つめなおす自分の姿は、普段やり過ごしてきた部分を浮き彫りにしていく。
どうしてもぬぐいきれない感情がある。
「うしろめたさ」である。
定期的に、心の奥のほうで、「ぱこん」と音がするのだ。
心の奥に「うしろめたさ」がたまると、「ぱこん」と、心の真ん中に、「すごいうしろめたさ」が押し寄せてくるのだ。
そしてまた、なにごともなかったかのように、新しい静寂が訪れる。
そしてまた、「うしろめたさ」がたまると、「すごいうしろめたさ」が「ぱこーん」……。
私はパン屋だけれど、自宅ではお米を作っている。実家の母は、梅干や紅ショウガを漬ける。「今日疲れたよなあ」そんな日には、白いご飯に実家の梅干をのせてしみじみと食べたくなる。
ドレッシングをかけたきゅうりよりも、塩で少しもんだきゅうりが、自分にやさしい。
寝込んでいるときには、トーストじゃなくて、やわらかく炊いたおかゆが欲しくなる。
毎日命がけでパンを焼きながら、「私、これでいいんだろうか」疑念が残る。
こんなに一生懸命やって作り出しているものが、健康から遠ざかる食品なのだろうか。
大好きなパン。
冷めた食パンを、食パン袋に入れて、とめる。
袋を開ける。封じ込められていた香りが、一気に鼻から全身に押し寄せる。たまらない。パンは食べる前の、そのにおいが最高においしいと思う。
焼いているときの香りも捨てがたい。イーストが焼けていくときの香り。思わず足をとめて香りに浸ってしまう。
幸せになる。
それなのに、である。
パンに使用されている添加物や、小麦に含まれる「グルテン」というたんぱく質が、脳や体に及ぼす影響が、問題視されています。精製された小麦粉は体を冷やす原因になるともいわれている。
「うしろめたさ」はそこにある。
パンはおいしい。パンはたくさんの人に好かれる。パンの香りは、人を幸せな気持ちにする。
しかし。
私の毎日の肉体労働が、誰かを健康にしているわけではないという事実。
その職業、大丈夫でしょうか、私。
触れたくない部分を見る。触れる。
苦しい。
避けて通ることもできる。
「だってお客様が喜んでくれてるじゃん。てことは、きっと、誰かを幸せな気持ちにしてる、ってことだよ。大丈夫。自信もってやりなよ」
そんなふうに思うことも、できるのだ。
実際、そう思って、10年以上やってきているのだ。
しかし、心のししおどしに、嘘はつけない。
ときどき「ぱこん」とやってくる。
「誰かを健康にできなくて、どうすんだよ」
「ラクな作業じゃない。その作業の行く先は、誰かを一瞬幸せな気持ちにするかもしれないけれど、一生健康にしてあげることはできないんだよ」
「所詮ジャンクフードを作っているんじゃん」
なるべく、添加物の少ない材料を使用している。
クリームその他、中に入れるものは、必ず手作りしている。
畑の野菜を、できる限り使うようにしている。
パンをおいしくする(おいしいと感じさせる)食品添加物は、無限に売られているが、使用しない。
そんな努力を言い訳にして、あるいは武器にして、毎日焼くのだ。
「ぱこん」
この音がなるべく聞こえないよう、盛大に頑張るのだ。
書くという取り組みは、こんな自分の姿もさらけ出す。
まいりました。
この前の定休日、完全に1週間ずれていた私のスケジュール帳により、ライティングゼミ、無念の欠席をしてしまった。
途中からオンラインで受講し、そして自分の「ししおどし」についてずっと考えた。
無性におなかがすいた。
小学生の夏休み、川で泳いで帰ってきたら、よく母製細巻きがテーブルに置いてあった。たいていきゅうりだったが、たまにウインナソーセージのときがあって、ヨッシャ!と思って平らげたことを、急に思い出した。
うちの残りご飯で、急きょ「ウィンナソーセージの細巻き」を作った。
そう、この味。
すると「ししおどし」が、いつもと違う音をたてた。
いいじゃないか。
思い出の母の味。川のにおい、藻のにおい、濡れた髪、きゅっきゅとゴムぞうりの音をたてながらこぐ自転車。すべてがよみがえってきた。
食品添加物がいっぱいはいったウインナソーセージの細巻き。
そう、お母さんの味。ちょっと体には悪いかもしれないけれど、栄養バランスおかしいかもしれないけど、絶対おいしいよね。思い出の味がするよね。
少し、気持ちが軽くなった。
抱き続けている「うしろめたさ」が、「誰かに幸せをもたらすかもしれない宝物」へと変わることはできるのだろうか。
旅は、まだまだ、続く。
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