コンプレックスよ。ありがとう
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記事:ヒラキ タツヒロ(ライティング・ゼミ木曜コース)
「おいっタツヒロ! こっちに来い! お前テレビに映ってるぞ!!」
リビングから笑いともに親父の大きな声が響いた。
あれが、間違いなく私のコンプレックスの始まりだった。
テレビ画面には、インタビューで大号泣しているフィギュアスケート選手織田信成が大きく映し出されていた。
「お前にめっちゃ似てんな! 泣き顔なんてほんまそっくりや!! キャハハハ」
と親父は腹を抱えて笑い転げていた。
そう皆さんがお察しの通り、私の顔は織田信成に似ていたのだ。それも実の父親が笑い転げるほどに。
学生の私は、織田信成に似ていることがとにかく嫌だった。親父からの何気ない一言で、私の「信成コンプレックス」が発症したのだ。
織田信成さんは今や、関西のテレビで見ない日はないほどの人気者だ。トップフィギュアスケート選手でありながら、織田信長の末裔、さらに関西中のおばちゃんを魅了してしまう素直で天真爛漫なキャラクター。当時の織田信成さんは世界大会に出ては結果をだし、日を追うごとに人気者になっていった。
当然、織田信成が活躍してスポーツ番組に取り上げられるたびに、
「昨日もテレビに映ってたな!」
と友人からもいじられる。
「チャック閉めたか?」(※信成はチャック全開で演技したことがあった)
「酒飲んでバイク運転したらあかんで!」(※飲酒運転で検挙されている)
「靴ひも切れてもて残念やったな……。」(※五輪で靴ひもが切れ演技を中断した)
織田信成は天然ゆえか、「なんでやねん」 とツッコミをいれたくなる珍エピソードが多かった。
その都度、友人からいじられた。ただ私は織田信成いじりをされるたびに、「信成コンプレックス」が発動。私は決まってイライラして、無視を決め込んでいた。
そんな「信成コンプレックス」 真っ只中のある日、社会人のTさんに飲み会に誘われた。その飲み会は10人ほどの集まりで、Tさん以外知り合いはおらず、私以外全員30代だった。
私はあまり乗り気ではなかったが、Tさんの誘いということもあり仕方なく参加した。
結論から言うとその飲み会は、とてもおもしろかった。もちろん真面目な話や熱い話もするのだが、会話のほとんどが笑い話で、誰かがフリを入れて、それにボケて、誰かがツッコむ。そんな会話が延々繰り返されていた。会話の内容は、「禿散らかしている」やら、「顔がでかい」やら、「女性にひどいことを言われてフラれた」やら、ほんとうにくだらない。でもこんなくだらない話がおもしろかった。
流れで私にも話がふられる。
「特技見せてやれよ。トリプルアクセル!!」
「……。」
しかし私はここでも「信成コンプレックス」を発動。
楽しい空気をぶち壊してしまった。
すると
「織田信成に似ていることがそんなにコンプレックスなんか? それめっちゃおいしいで。絶対、顔覚えてもらえるやん。なんやったらフィギュアスケート見るたびに、お前のこと思い出してもらえるやん。織田信成の顔もお前の顔も変えることはできへんし、人のことを変えることもできへん。でもお前の心の持ちようを変えることはできる。そのコンプレックスを受け入れてみろ! それでトリプルアクセル飛んでみろ! 嫌やったコンプレックスが周りを笑いに変える武器になるやないか!」
さっきまでアホなことしか言っていなかったTさんから強烈な言葉をもらった。
確かにその場にいたアホな大人たちは、自分のコンプレックスを受け入れ、笑いに変えていた。禿散らかしていること、顔がでかいこと、失恋もコンプレックスを武器に変え笑い話にしていたのだ。コンプレックスの受け入れて笑いをとっているアホな大人たちがとてもかっこよかった。
この時、何かが吹っ切れた。
このあと私が、トリプルアクセルに挑んだことは言うまでもない。
それからというもの、私は「信成コンプレックス」を使い倒した。
就職活動のつかみは、「K大学の織田信成こと、ヒラキです」面接官は必ず失笑していた。リンクの上よりも、私の面接会場は滑っていたに違いない。
このつかみもあってか、就職活動はうまくいった。グループ面接で落とされることはまずなかった。
いつの間にか、「信成コンプレックス」は私の武器に変わっていた。
先日、久しぶりにTさんから連絡があった。
「最近お前、織田信成と似てないから全然おもろないわ」
おそらくフィギュアスケートをテレビで見たのだろう。そのクレームを言われても私にはどうしようもない。もはや私には織田信成さんに似てなくなったことを受け入れるしかない。
もし本人に会うことがあれば、
「ほんとうにごめんなさい。信成コンプレックスなんて言って……。でも今はあなたにとても感謝しています。あなたのおかげで今があります!」と全力で感謝を伝えたい。
たまたま織田信成さんに顔が似ていたことで、彼が活躍するたびに、どこかで私を思い出してくれている人がいる。
コンプレックスを受け入れたことで、いつの間にか私の周りには笑いが溢れていた。
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