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ギリギリ人間の私が、締め切りの先で見た景色


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:飯田峰空(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
子供の頃、夏休みの宿題を最後の3日間に一気に片付けていた。最初は、夏休みの早いうちにやろうと思って結局先延ばしにしてしまった、という感じだった。しかし、いつからか「追い込まれるといつも以上に集中出来るし、興奮して楽しい」と気づいてしまった。そして厄介なことに、締め切りギリギリにやった作文や絵ほど、成績が良かったり、コンクールに入選してしまう。
こうして私は、ギリギリ肯定派人間になった。ゲームの設定を制限時間の短い上級コースにして楽しむかのように、あえてギリギリに課題をやってスリルを味わうようになってしまった。社会人になって、そのやり方を改めなければと思いつつもその癖は抜けなかった。
そんな私にこの夏、転機が訪れた。
 
岩手県盛岡市にある酒造会社が、日本酒の商品名の筆文字を募集していた。いわゆる応募型コンペだ。書道家として筆文字の仕事をしている人間にとって、日本酒のラベルは憧れであり選ばれし人の仕事だ。私ももちろん、応募することにした。
このコンペを知ったのは7月ごろ。8月下旬まで他の仕事で立て込んでいたので、8月末の3日間くらいで一気に制作しようと決めた。もちろんギリギリ人間なので、前もって7月の空いている時から準備をしようとは毛頭考えない。
そして、そろそろ制作を始めようと思った8月27日に事件が起こった。
 
88歳になる私の祖父が、体調を崩したのだ。今年の夏の暑さが原因だったように思う。しかし、つい先週までお酒を飲み、一緒に囲碁まで打っていた元気な祖父が、急に寝たきりになり喜怒哀楽や活力が消えた。
祖父はお酒、特に日本酒が好きだった。「日本酒を飲めなくなったら、点滴で体に入れてくれ」なんて冗談を言うほどで、癌で入院した時も隠れて飲むほどだったのに、ついに日本酒も飲まなくなった。今までの体調不良とは全く違うただならぬ雰囲気に、家族もそれぞれ覚悟を始めていた。おじいちゃんっ子だった私にとって、目の前の現実が受け入れられず、その一方で、覚悟と称してもしものことを想像している自分が許せなかった。
ため息をついて、泣いて、錯乱する、そんな何日かを過ごした。当然、筆文字を考える気分にはならなかった。
 
応募締め切り日の8月31日。泣き疲れた私は、ふとこう思った。
「もし、私の文字がこのコンペで採用されたら、おじいちゃんは元気になるんじゃないか」と。
そう思った時に、少しだけ目の前が明るくなった気がした。
それから、私はとりつかれたように筆を動かした。こんなことをしても無駄かもしれない。書きながらも、祖父のことを思い出し涙が止まらない。私の文字が、祖父の体には何も影響しないのは頭ではわかっているはずなのに。手を止めたら、祖父の命も止まってしまいそうな気がした。だから、私は書き続けた。
きっと、私よりキャリアがあって上手い人が何人も応募しているはず。私のアイディアは、的外れかもしれない。でも、このコンペで採用されたい気持ちは誰にも負けない。
祖父が元気になる方法、それは私がこのコンペを勝ち取ること。いつしかそう思いながら、筆を動かし続けた。
そして、心に決めた一枚を送った。
8月31日23時05分。締め切りまで1時間を切っていた。
 
その数日後、祖父の状態はさらに悪くなり入院が決まった。
コンペの結果発表はそれから1週間後、日本酒の発売はもっと先の来年の春だ。
正直、コンペの結果も祖父のことも諦めていた。
 
それから1週間後、私の元に一通のメールが届いた。
「233作品の中から、飯田さんの作品を新商品のラベルとして採用することになりました」
 
あの時決めた私の文字が、酒造会社のホームページに載った。
それを見て、祖父は泣いてくれた。そして、か細いけれど確かな声で、私に言ってくれた。
「頑張って元気になるよ、春には一緒に飲もう」と。
 
締め切りギリギリで書いた作品が採用されたことで、また私はギリギリ至上主義に拍車をかけると思った。しかし、あの日から気持ちが変わった。
今は、少しずつだけれど前倒しで作業を進めている。
 
追い込まれた時に発揮するギリギリの爆発力は、私にとっては必殺技だ。野球のピッチャーでいうところの決め球、柔道選手でいう一本勝ちできる技だ。これがあれば、大抵のことはクリアできるし、高いレベルで行動できることがわかった。
でも、追い込まれた時に発揮する力は必殺技としてとっておいて、技のレパートリーを増やすような気持ちで、コツコツ進めることも覚えれば最強なのでは、とも思うようになった。
今回の祖父の体調のように、自分の時間やパフォーマンスだけでコントロールできない問題にぶちあたることも、これからあると思う。
前もって積み重ねていく力もつけることで、立ち止まったり、周りを見たり、力を貸す余裕も生まれるのかもしれない。
 
一ヶ月入院した祖父は、体調が回復して今、家で生活をしている。
私はその家に週1回泊まりに行く生活を始めた。
バタバタと忙しい生活の中で、時間の過ごし方をコントロールして、必ず祖父とのゆっくりした時間を作ろうと心に決めた。
そして、一緒に日本酒を飲む来年の春をじっくり楽しみに待っている。
祖父が私に、新しい景色を見せてくれた。
 

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2018-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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