メディアグランプリ

お母さんが白黒からカラーになった日は晴れて陽気のいい日だった


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記事:加藤智康(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
わたしには3歳の時から会っていない母がいる。
小さい頃は父と、父の両親と一緒に暮らしていた。祖父母はとてもやさしい人で、気性のあらい父とは対照的だった。
犬も飼っていてわりとにぎやかだったので、母がいなくても気にならなかった。
 
高校に行くまではよかった。多少さみしい時もあったが、祖父母が自営業で昼間も家にいたのでほとんど寂しさは感じなかった。
晩御飯は祖父母と食べられるし、テレビも一緒に見て楽しかった。
 
たまに友達の家に行くと寂しさを感じたぐらいだ。なぜなら、母の世代の生活の仕方、洗濯の方法は、明治生まれの祖母のやり方とはずいぶんと違った感じをうけたからだ。
 
「これが母のいる生活か」
 
時折心の声が、口から洩れる時もあった。
見たことのないおやつや、手作りのケーキに感動したのを覚えている。
うちは祖母の好きなおせんべいばかりだった。
友達の家からの帰り道は寂しかった。
 
そして、高校からお弁当が始まった時はつらかった。わたしのお弁当はほとんど日の丸弁当だった。友達と一緒に食べるのも嫌だった。
毎日母親のいる生活を目の当たりにするからだ。
友達の弁当はカラフルで、わたしのお弁当は白黒に感じた。少しつらかった。
 
また、父とわたしは仲が良くなくて、よく親子喧嘩をしていた。
父を大きく傷つけたこともあった。
大学受験も近づいてきて心が荒れてきたとき。
 
「なぜ僕の家には母親がいないんだ」
 
積もり積もった気持ちをぶつけてしまった。いつもは大きな父が縮んだような感覚になり、すぐに沢山後悔をした。たぶん父も負い目を感じていたのだろう。
はたからみると、2人とも小さくなっていたに違いない。
 
母に会えないのは、3歳で両親が離婚したこともあるけど、自分でもう会いたくないと母に言ってしまったからだと思う。父のせいではない。
今思えば、なぜそんなことを言ってしまったのかと後悔している。こっそり見に来てくれた小学校の運動会や、学芸会。
来ているのは知っていたのに、何故か避けていた。
そして、あまり覚えていないが、運動会の時に話をしながら一緒に帰るときがあった。
 
「ごめんね、迷惑かけて」
 
母のそんな言葉に、そうだよって答えてしまった。その時は、そんなに深く母を傷つけていたとは知らなかった。それが母との最後の会話になってしまった。
数十年前の話になる。父も母も随分とわたしは傷つけていたと思う。
 
大人になり、子供には絶対に自分と同じ寂しい思いをさせたくないと思っている。しかし、正直に言うと、こだわりすぎて離婚しないのもよくないとも考えている。親の仲が悪いことで、よくない影響が子供にでるように思う。父の立場も理解してきた自分がいた。
 
そんなある日、わたしの心を揺さぶる事件が起きる。
妻が、お母さんがわたしに会いたいと言っていると言ってきたのだ。
いつもとかわらない夕食のテーブルを、家族で囲んでいた時だった。
驚きしかなかった。なぜなら、妻はわたしの母と一度もあっていないはずだったからだ。
そして、知らないはずだった。
 
妻はぼそぼそと告白し始めた。
同居するわたしの父とうまくいかないので、父に来た母からの手紙で電話番号を知り、同居のことや育児の事を相談していたということを。
 
母は、わたしに対する申し訳ない気持ちから、妻の相談に積極的にのってくれたらしい。
驚いたことに、家に会いに来ていたらしい。
知らなかったのはわたしだけであるが、不思議と母の気持ちが理解できた気がした。
 
母と会ったときのことを妻に聞きたい自分がいた。
 
「パパそっくりだね。ママのお手伝い沢山してそうだね」
 
子供に話かけたらしい。母はわたしの面影を子供に投影したのだろうか。
今までこちらから連絡を取ろうともせず、いないものとして意識してきた母が、白黒から急にカラーになった瞬間だった。すぐ近くに母がいることを感じた。見守ってくれていたことを感じた。
 
ありがとう。
 
母の愛の深さへの感謝をこめてつぶやくしかなかった。
 
そんな母が会いたいと言ってきた理由が気になった。
入院しているのか、もしかして、まさか、いろんな悪い想像ばかりが浮かぶ。
それしか理由がないと思った。
 
そんなの嫌だ。
どんどん子供のころの自分に戻っていく感覚が襲ってきて、母の胸にとびこんで泣きたくなる気持ちが溢れて来た。
 
なんで?
 
なんとか絞り出した言葉だった。
 
母は、確かに病気がちだけど、元気なうちにわたしに会いたくなったらしい。
わたしの子供を見て、どうしても私に会いたくなったらしい。
それを聞いて、涙がでてしまった。
わたしも会いたい。
 
そして、過去のわだかまりを解消すべく母に会うことにした。
ある晴れた陽気のいい日に、わたし達は再会した。数十年ぶりに。
その日は新しいわたしが生まれた日に感じた。
そして、家族が増えた日になった。
 
よく会うわけじゃないけど、今までよりもっと近くにいるように感じる。
こんなわたしにあきらめずに会いに来てくれて、ありがとう。
そして、ごめんなさい、あの時もう会いたくないと言ったのは、照れ臭かったんだよ。
あの時は会えただけでもすごくうれしかったんだよ。
 
最後に恥ずかしいけど、お父さん、お母さん、少しだけ子供に戻らせてください。
ちょっとだけ甘えたいから。
 
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2018-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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