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あの日の彼女が教えてくれた本を買うべき本当の理由。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高木淳史(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「気になってる本があるならさ、買っちゃった方がいいと思うよ?」
これは当時付き合っていた彼女が何気なく言ってくれた言葉です。この何気ない一言は、僕の人や本との付き合い方を大きく、そして大切なものに変えてくれました。
 
彼女は大学時代のクラスの同級生。決して社交的とは言えないものの、とても好奇心が旺盛で、本と映画と旅行をこよなく愛する女性でした。はじめは彼女が僕のことを好きになってくれて付き合うことになったのですが、彼女の好奇心旺盛なところ、そして僕の知らない新しい世界をどんどん見せてくれる姿に、気が付くと僕の方が彼女に惹かれていました。
 
僕ももともと本や映画が好きだったので、普段の会話もおススメの本や好きな作家についての話だったり、出かけるときも好きな監督の映画を見に行ったり気になっている本を探しに本屋に行ったりと、本や映画が僕らの関係の大切なところにありました。彼女の方が多くの世界を知っていてそれを興味深く話をしてくれるので、僕もその世界を味わってみたくなって彼女がすすめる本をたくさん買って読んでいたものです。
 
本屋に行く回数も増えて新たな本との出会いも増えました。アルバイトでしていた予備校講師のお給料の大半が本に消えた月もありましたが、それでも自分の世界が大きく広がっていくというそんな日々は楽しくて、本当に充実した毎日を過ごしていました。
 
僕たちの付き合いは、大学6回生のときの臨床実習中から始まりました。次の日の診療の予習や試験勉強など毎日何かしらすることに追われる毎日で、お互いに学んだことを教えあったり、忙しそうにしていたら助け合ったり、恋人というより仲間とか戦友のような感覚で付き合っていたように思います。
 
そんな僕たちにはどうしても越えなければならない試験が2つありました。それは大学の卒業試験後とその後に行われる国家試験です。僕たちはお互いに大学の歯学部に在籍したため、特にこの国家試験をクリアしない限り歯科医師としての第一歩を踏み出すことができません。
 
残念なことに僕は勉強に関してはあまり成績のいい方ではなく、模試の成績はいつも低空飛行を続け、その一方で彼女は試験勉強の要領がよくて模試ではいつも成績上位にいたのです。さすがにそれは悔しくて、彼女には負けてられないという気持ちで寝る間も惜しんで勉強をしていたのは今ではいい思い出です。
 
そんな関係が穏やかに続いていたある秋晴れの日。臨床実習が終わり、卒業試験も無事にクリアして、国家試験まであと数か月となった頃。季節としては少し肌寒くなってきた頃でしょうか。少しの気分転換にと二人で本屋に行ったときのことです。
 
好きだった本屋も気づけば3ヶ月ほど行っておらず、買う本と言えば国家試験の参考書ばかり。あれほど読んでいた小説や新書もほとんど読んでいませんでした。その日は久しぶりにゆっくりと本を眺めることができ、買って帰りたい本たちと久しぶりに出合ったのですが、やはり試験勉強中だからということで買いたい気持ちをグッとこらえて我慢しようとしていました。
 
しかし、そんな僕を見て気づいたのか、横にいた彼女が言ってくれたのです。
 
「気になってる本なら買っちゃったほうがいいと思うよ?」「うーん、そうかなぁ。いま試験勉強中だしなぁ」「でもね、いま気になっている本ってさ、きっといまだから気になったんだと思うんだ。だからきっと何か意味があると思うんだよね。私も気になった本はできるだけ買うようにしてるし、どうしても買えないときはメモをとってあとで買うようにしてるよ?」
 
ふーん、そういうものか。結局その時はその言葉に背中を押されて本を買ったのですが、
なんとなくその言葉が気になり、帰りがけに聞いてみたのです。
 
「さっきさ、気になった本には意味があるって言ってくれたけど、あれってどういう意味なの?あと、いろんな本とか映画のことをよく覚えてるじゃない?すごいと思うんだけど、なんかコツとかあったりするの?」「んー、そうじゃないんだよね。全部覚えてるってことはないんだけど、ほら、買った本を見たら、いつどこで買ったとか、買ったその時にどんな気分だったかとか、そういうのをなんとなく覚えてるじゃない? 本って日記みたいなもので、その時の気持ちの記録みたいなものだと思うんだよね。あと、どういうところが気になったのか。そういうのを思い出せれば、どんな内容か自然と覚えていられるよ」
 
そのときにふと思い出しました。たしかに、人間関係で困っていた時は自己啓発やコミュニケーションの本をよく読んでいたし、好きな人ができた時は話し方やあがり症克服など読んだし、失恋した時や少し疲れた時はよしもとばななの作品なんかをよく読んでいました。大学受験の参考書もよく使いこんだものを見るとその時の思い出がよみがえるし、話題になっているからといって読んでみたハリーポッターは本当に面白くて夜通しで一気に読みこんだ。好きなスポーツ選手がいたら自伝を読んでみたし、好きな人がおもしろいと言ってたら苦手な恋愛小説も買って読んでいたっけ。
 
もしかして違う状況だったら読まなかった本もたくさんあったのかもしれない。その本と出会い、読むことになったのは、「その時の自分だったから」なのだと思う。本屋で偶然出会ったのはたまたまかもしれないけど、でもたまたま出会ったその本は自分ですら気づいていない自分の気持ちを表しているのかもしれないし、もしかすると自分が見たくなくて蓋をしていた自分の本当の気持ちに気づかせてくれるものなのかもしれない。
 
買った本をすべて最後まで読みきったわけじゃない。読み切ったものもあれば、途中で挫折したものもたくさんある。でもその時買った本たちは、確かにその時の自分に寄り添って自分の人生を彩ってくれていた。その本たちを眺めることで、その時の思い出、楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったことなどがすべて蘇り、それが今の自分を支えてくれているんだと思う。
 
本を買って帰るということは、その時の自分の状況や気持ちも一緒にパッケージングして保存しておくことなのかもしれない。出会った本や買った本というのは、自分の気持ちの入れ物のようなもので、自分のその時の状況を思い出させてくれる日記や思考の足跡のようなものなのかもしれない。今では迷った本ならまず買うというのを自分との約束ごとにしているけれど、やはりその本たちはその時の僕の気持ちをそっとしまってくれています。
 
「そういえば、あんまり評判が悪い映画とかでも見に行くじゃない?そういうのってあんまり気にしたりしないの?」「だって、自分で見てみないとわからないでしょ?」
 
当たり前でしょ? と言わんばかりに、彼女はこう答えてくれました。
あぁ、そう言えばそうだった。彼女はこういう人だったっけ。ベストセラーに振り回されるでもなく、全米が泣いたからといって自分も一緒に泣くわけでもない。新しいものが出ても食わず嫌いなどしないし、前評判がよくなかったとしても、自分がおもしろそうだと思ったら迷わずその世界に飛び込んでまず自分で経験してみる。決して自分の気持ちに嘘をつかず、自分の気持ちをきちんと大事にできる人だった。そんな人だから好きになったんだっけ。
 
その後、お互いに歯科医師になり、歩む道は違うものになってしまいました。ときどき彼女の仕事ぶりを風のうわさで人づてに聞くこともありますが、お互い離れた場所で頑張っているため、もしかしたらもう会うことはないのかもしれません。
 
本との出会いは偶然かもしれないけど、その時の自分だからこそ出会うことができたのかもしれない。そう考えると、偶然の出会いにも意味があるのかもしれません。同じ人を来世でも好きになるかどうかはわからない。でもその時の僕だったからこそ、彼女と出会い、彼女という人を好きになれたのだと思います。
 
彼女が教えてくれた大切な言葉たちは今も僕の中に住み、僕の一部をカタチづくってくれています。そして彼女が教えてくれた本を見るたびに、彼女と一緒にいたその時の気持ちと思い出がよみがえってきます。
 
人との出会いも本との出会いも、きっとそういうものだと思うのです。
 
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2018-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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