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歯医者さんは夢のような場所だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:江口雅枝(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「明日は、歯医者さんの日だよ」
 
小学生のころ、母から言われるそのセリフが楽しみで仕方がなかった。
 
 
歯医者さん、という言葉を聞いただけで、キィーンと歯を削る音や、薬液のニオイなど、一般的には怖いイメージを連想しがちだ。しかし自分にとっては、歯医者さんは夢のような場所で、こども心に次はいつ行けるのかとワクワクしながら待っていた。
 
今でこそ「予防歯科」という概念が浸透し始めて、歯医者さんは虫歯になってから治療に行く場所ではなく、虫歯にならないようにケアするために行く場所になりつつあるが、30年も前からその意識を持っていた母。その昔、虫歯でとても痛い思いをしていたから、自分のこどもにはそんな思いをさせたくないと、虫歯予防のための「フッ素塗布」に通わせることになったのだという。
 
 
歯磨き粉にも、虫歯ケアに効果的として配合されている「フッ素」を染み込ませたやわらかいマウスピースを、上下それぞれの歯で10分程度噛んでいるだけ。少しだけ歯がキシキシッと、マウスピースとこすれる時にむずがゆい感覚があるものの、全く痛みもなく、ツーンとする薬品臭もほとんどなく、小学生でも簡単に受けられる予防ケアだ。
歯医者さんに通うのが楽しくて仕方がなかった理由は、フッ素ケアそのものではなく、治療の前後にある。
 
予約した時間より少し早く着くように連れていってもらい、待合室にたくさん置いてある絵本の中から、好きな本を取り出してきて読む。家にはない種類の絵本がたくさんあり、診察前の待ち時間からすでにテンションが高まる。思い返せば、待合室にいるときにも診療室からキィーンという治療の音は聞こえていたと思うが、絵本に夢中になっていて気にならなかった。
 
名前を呼ばれて、いよいよ自分の番がやってくると、まだ読み途中の絵本を名残惜しみながらも診察室へ。絵本をもっと読みたい気持ちがあっても、順番が来ると駄々をこねることなくすんなり絵本を閉じることができたのは、この後の診察室で、もっと嬉しいことがあると、わかっていたからだ。
 
小学生にはかなり大きい、治療用のリクライニングする椅子に座り、口を大きく開けて、ライトで照らされる。マスクをした院長先生と衛生士さんが、口の中をのぞき込む。
 
「はい、あーんしてね。うん、虫歯はないね、大丈夫」
 
ひとまず安心して、いよいよフッ素塗布がはじまる。といっても、マウスピースを噛んでいるだけなので、あっという間。浸透時間が終わると、
 
「よくできたねー、えらかったねー」
 
と、マウスピースを噛んでいただけなのに、先生がものすごく褒めてくれる。じっと静かに座ってフッ素治療を受けられたことを、毎回やさしく褒めてくれることが嬉しくて、なんだかちょっぴり誇らしい気持ちになっていた。
 
そして、フッ素塗布の後、ここからが本番! 一番のお楽しみの時間だ。
 
 
先生が「魔法の箱」を持ってくる。
 
「はい、ここから好きなものひとつ、選んでね」
 
魔法の箱のフタを開けると、カラフルな消しゴムやクリップ、えんぴつキャップ、小さなメモ帳といった、可愛い文房具が入っていて、その中から好きなものを1つだけプレゼントしてもらえるのだ。
 
文房具がぎっしり詰まったその箱は、当時の私にとって「魔法の箱」で、いつもどれにしようか迷うのも楽しくて、たくさんのアイテムの中から選び抜いた文房具は、宝物だった。
 
そんな、フッ素ケアの後のささやかなプレゼントが嬉しくて、通院を心待ちにしていた。
 
待合室では絵本を読むことができて、診療が終わるとたくさん褒めてもらえて、さらに素敵なお土産までもらえて、歯医者さんて、夢のような場所なんだと、ずっと思っていた。
 
 
母の熱心な予防歯科意識のおかげで、大人になっても虫歯に悩むことがなく、丈夫な歯を維持できている。一度、ちいさな初期段階の虫歯が見つかったことがあったが、定期検診を兼ねた歯のクリーニングに通っていたおかげで早い段階の措置ができ、悪化もせず無事だった。
 
親知らずを抜くことになった時は、さすがに痛い思いもしたが、歯医者さんへの信頼があるから、安心して任せることができた。
 
歯を失う原因として、虫歯以上に怖いのが歯周病と言われていて、虫歯がない人ほど、油断しがちだという。だからこそ、せっかく育ててきた健康な歯を生涯大切にするためにも、定期的な検診を続けている。
虫歯チェックだけだと、つい面倒になってサボってしまうから、歯のクリーニング、歯石取りを一緒に行う。お茶やコーヒーなど、歯を磨いていても蓄積してしまいがちな着色汚れが落ちて歯のホワイトニング効果も高く、にっこり笑ったときに明るい印象になる。肌は美白に気をつかっていても、歯に無頓着では笑顔も台無し。そう思って審美歯科的な意識で検診に行くと、目に見える歯の美白作用も気持ちよく、また行きたいと思うようになる。
 
 
乳歯から永久歯に生え変わるこどもの頃の予防歯科が特に効果的ではあるものの、大人になってからでも遅くはない。
最近の歯医者さんは、安易に歯を削るのではなく、いかに健康な歯を育て、守るかという視点で治療を行っていることが多いし、仮に削ることになっても、銀歯ではなく、セラミックなど新しい素材で歯になじむ色の詰め物ができたりもする。
 
クリーニングをしてピカピカになった歯でにっこり笑うと、
「歯並びいいですね」とか「歯、きれいですね」と言われることがある。
そのたびに、少々おせっかいと思いつつ、こどもの頃のフッ素塗布による予防ケアのエピソードを伝える。
 
少しでも、歯医者さんが怖いところではなく、歯を守ってくれる強い味方なんだと、感じてもらえたらいいなと、願いながら。

 
 
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2018-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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