メディアグランプリ

暗証番号を間違えました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:原雄貴(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「どうしてなんだよ!」
思わず自分に対して怒りをぶつけてしまった。
こんなことになるなんて、思ってもいなかったからだ。
 
「母の誕生日に何か文章を書いてあげよう」
母の誕生日が間近になったある日、僕は急にこんな企画を思いついた。
昨年まで、母には毎年何か「物」を贈っていた。
ハンカチや母が好きなプロ野球チームのグッズなど、今までいろいろな「物」を贈ってきた。
でも、最近の母はあまり「物」を欲しがらなくなっていた。僕の方でもあまり自信をもって贈れる「物」のネタが尽きかけていた。
「う~ん、何をプレゼントすればいいだろうか」
今年に至っては、母はもう欲しいものが何もなさそうな様子だ。
悩んでいても一向にいいアイディアは浮かばず、誕生日が刻一刻と迫ってくる。
そんなとき、僕の中に一つのキーワードが浮かんだ。
「ライティングゼミ」
僕は、天狼院書店という本屋さんがやっている「ライティングゼミ」で、文章を書くために必要なスキルを学んでいた。
ここで学んだスキルは、ライティングゼミで出される課題の文章で使ったり、大学の授業の内容理解に役立てたりしていた。
「これをプレゼントに活かしたら、おもしろいものができるんじゃないか」
この瞬間、母へのプレゼントは決まった。
僕は、ライティングゼミでエッセイのような文章を書いていたが、このエッセイを母向けに書いてみることにした。
とはいえ、普段書いているエッセイは不特定多数の人向けに書いている。
特定の1人のためにエッセイを書くのは、ライティングゼミを受けてからは初めてのことだ。
たちまち、不安と期待がこみ上げてきた。
「以前は、あまり母とはうまく関われなかった部分もあったな。でも、今の母とは仲良くやっているし、大丈夫だろう」
そんなことを思いながら、文章を書き始めたのだった。
 
「どういうことだ!」
頭を抱えるしかなかった。
書いていた母への誕生日プレゼントの文章が突然書けなくなった。
 
書き出しは順調だった。
いつものエッセイと同じように、イントロ部分を書く。
内容は、母へのかつての想いを端的にまとめたものだ。
そして、本題部分へ入る。
これも、かつての母と僕の関わりを表した一場面をエッセイ仕様に書いていく。
当時のことを頭に思い浮かべ、丁寧に分かりやすく書いていった。
 
ところが、本題部分が中盤にさしかかったところで、それは起こった。
突然、電源が切れたかのように手がぱったりと動かなくなった。
「あれ?」
それまで書いていた文章の続きが書けなくなった。
「落ち着こう。まず状況把握をしてみるか」
今書いている文の続きに、何を書こうとしたのか思い出そうとした。
だけど、全く思い出せない。
「では、次の手を」
今まで書いた文章を通し読みしてみた。
でも、結果は同じだ。
「おかしいな」
そこからは、迷宮に迷い込んだようだった。
「イントロの部分が悪いのか」
「本題の入りがまずかったのか」
いろんなことを考えてみたが、一向に書けなくなった原因は分からない。
僕は次第に焦ってきた。
というのも、この文章を書いていたのは母の誕生日の当日。
プレゼントのアイディアは浮かんだものの、なかなか書く時間が取れなかった。
あと数時間後には、母に直接会ってプレゼントを渡さなければならない。
「どうしよう……」
恐怖に近い感覚が体中に走る。
他にも書けない原因になりそうなことを確認した。
それでも、答えは出てこない。
「どうしたんだ。こんなプレゼントの文章も書けないなんて」
「もしかして、僕は母のことをそんなに大切に想っていなかったのか?いつからそんな薄情な息子になったんだ」
しまいには自己嫌悪にまで陥り、迷宮は深くなるばかりだった。
「どうしてなんだよ!」
思わず自分に怒りをぶつけた。
もうどうにでもなってしまえ。
 
そのときだった。
ふっと体が軽くなったかと思うと、こんなことが頭に浮かんだ。
「もう一回全部書き直す」
思わず息をのんだ。
「え?でも……」
正直、戸惑った。
「だって、もう書けないんだろう?」
でも、残された時間はもうわずかしかない。
他に予備のプレゼントもなかった。
「やるだけやってみるか」
開き直りとしか表現しようがない。
でも、もう選択肢は1つだった。
「今度はもう何も考えずに書こう」
僕はまた最初から文章を書き始めた。
 
すると、どうだろう。
「……あれ?」
手が自然に動いている。
「どういうことだ?」
文章はイントロ部分を難なく通過し、本題部分へ入っていく。
本題部分に入っても手は止まらない。
止めようとしても止まらない勢いだ。
文章は本題部分を過ぎて、ついに終盤にまで達した。
何と、文章が一回でできてしまった。
慌てて読み直してみたけれど、特におかしいところもない。
「どうしてこんなことが起こるんだ?」
だって、さっきはあんなに考えても書けなかったのに。
それが、1から書き直した途端に書けるようになった。
それはまるで、暗唱番号を1回間違えて、正しい番号を入力し直したらロックが解除されたときの感覚に似ていた。
「正しい暗証番号を入力し直す? ……あっ!」
僕はまさに大事なことを間違えていた。
今回の文章では、今の母について書くことにしていた。
それは、以前に僕とうまく関われなかった母が、努力して関わってくれるようになったことに感謝する気持ちを伝える文章だった。
でも、僕はライティングゼミで習ったスキルをフルに使いたいあまり、以前の母の様子が内容の中心になる文章を書いてしまっていた。
当然、それは僕の書きたかった文章ではないし、書いている途中で文章は書けなくなる。
逆に、書き直した文章の方は、何も考えず自分の思いのままに書いたものだ。当然最後まで難なく書けるし、本当の気持ちがでている。
「そりゃ、暗証番号を間違えたら進めないよね」
思わず笑ってしまった。
それと同時に、安堵の気持ちが湧いてきた。
「よかった。もう一度書き直してみて」
母のことを大切にしたいという気持ちは、ちゃんと僕の中にあった。
「さて、急がないと」
書き終わって一息つく間もなく、僕は文章を印刷にかけた。
大切な母の笑顔に会うために。
 
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2018-11-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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