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友人と僕と命綱ラーメン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:原雄貴(ライティング・ゼミ平日コース)

「もう終わりにしようか」
ずっと、そう思っていた。
あのラーメンが、僕の目の前に現れるまでは。

初秋のある日のこと。
僕は急な用事で、遠方から東京に出ていた。
「仕事、やらなきゃ」
せっかく東京に出てきたというのに、僕はやるべき仕事を抱えていた。
そのほとんどはパソコンでの作業だったが、量が多い。
「少しは遊びたいけど、仕方ないか」
滞在先のホテルに着くなり、パソコンを起動した。
「とりあえず、夕食までに半分できればいいか」
以前は片付けるのに1日中かかった仕事を前に、僕は少しため息をつく。
「なるべく早く終わらせて寝よう」
ところが、この日はどうしたことか仕事の進み具合が異常に速かった。
1日中かかると思っていた仕事は、夕方ごろには終わってしまった。
そして、暇な時間が訪れる。
「困ったな。どこかに行こうにも、もう夕方だから遠くには行けないな」
夕食をゆっくり食べようかと考えたが、ホテルの近くにある店はあまりゆっくりできそうにないところばかり。時間つぶしにはならない。
テレビもあまり面白い番組がない。
「どうしようか」
思案に暮れる中で、ふと思い出した人がいた。
大学時代の友人だった。
彼はたしか東京の近くに住んでいる。
「あまり会っていないし、連絡してみようか」
そう思って、早速連絡を取ろうとする自分は、どことなく楽しげだ。
しばらくして連絡がくる。
「今、帰宅したからこれから来てくれる?」
何と彼は、会社の付き合いでのゴルフから戻ったばかりだという。
でも、「これから来てくれる?」と言ってくれた。
僕はすぐに出発した。

久しぶりの友人との時間は楽しいものだった。
一緒に食事をしながら近況報告をし合ったり、カラオケに行ったりした。
「次はいつ会えるかな」
別れ際には名残惜しさも感じた。

ところが、意外にも次の日に彼から誘いがきた。
「今日の昼食を一緒に食べない?」
僕は喜んでいた。
「次はいつ会えるのかと思っていたけど、もう会えるのか」
すぐにOKをだす。
その日も昨日と同様に、約束の場所で落ち合って食事をした。
ところが、僕は食事をしながら何となく違和感を覚えていた。
昨日と比べて、友人の口数が少ない。
話題が昨日会ったときに出尽くしていたのかもしれない。
それにしても、彼と一緒にいるという感じがどうしてもしない。
食事中も、彼は食事に集中していて、僕に興味がないような様子だった。
昨日はこんなこと全くなかったのに。
このモヤモヤとした感じは、その日彼と別れてからも心に居座り続けた。
「また会おうね」とお互いに言ったにもかかわらず。

「もしかしたら、距離を置いた方がいいのかな」
一緒に昼食を食べたあの日からのモヤモヤは、翌日以降も続く。
僕は、彼との間に距離を感じていた。
その距離感は、学生時代にはなかったものだった。
彼は大学卒業後に普通に就職したが、会う度にどことなく疲れているような感じに見える。
一方、僕は新しいことに挑戦し始めて、少し夢を持てるようになった。
僕と友人は違う人間なんだから、違う道を選び、違う状況にあるのは当然のこと。
でも、今回はそれ以上の「疎外感」を覚えていた。
これまでになく、彼が遠く見える。
彼はもう、自分が関係している人ではないような気さえしていた。
「もう終わりにしようか」
しまいに、彼との関わりを切ろうと考えるようになった。
本気で終わらせようと考えていたこともあった。
ところが、終わらせようとすると、心のどこかが抵抗した。
「どうすればいいんだよ」
結局、彼との距離感をうまく掴めず、僕はモヤモヤした日々を過ごすことになった。

友人との距離感で悩み始めて、2か月近く経った休日のことだった。
その日は夕食を1人で外へ食べに行く予定だった。
ところが、その日は仕事が思うように進まず、夕飯を家でさっさと済ませなければならなくなった。
しかも、その日は無性にラーメンが食べたい気分だった。
ラーメン屋は近所に何軒もあるが、今日は外食できない。
「どうしようか」
仕方なく、台所の棚を開けた。
ラーメンが見当たらない。どうやら即席麺は、とっくに食べてしまったようだ。
「別の料理にするか」
そう思って、棚の扉を閉めようとした時だ。
僕の目に、小さなラーメンの箱が飛び込んできた。
よくみるとそれは、2か月前の東京で、あの友人からもらったものだった。
ラーメンが食べたいということもあり、他の選択肢は考えられない。
でも、このラーメンは関係を切ろうとまで考えた友人からもらったものだ。
「食べていいものなのだろうか」
賞味期限は少し過ぎている。
でも、なぜか捨てる気にはならない。
最後には、「捨てるのももったいないし、食べるか」に落ち着いた。

ほどなくして、完成したラーメンの前に僕は座った。
冬が近くなり、冷えてきた暗めの部屋の中に湯気が立つ。
でも、まだ「関係を切ろうとまで考えた友人のくれたラーメン」が頭から離れない。
それでも、やり切れなさから麺を口に運んだ。
「……おいしい」
何とも言えない絶妙な味だ。
スープをすすった。
「……やっぱりおいしい」
体だけでなく、心までどんどん温まるような気がしてきた。
すると、不思議なことにだんだん友人と過ごした日々のことが浮かんできた。
彼は、僕が学生時代に一緒にいることが一番多かった。
互いに冗談をいって笑うこともあれば、悩みを聞き合ったこともあった。
僕がピンチの時にも、彼は僕を助けてくれた。
東京で会ったあの日だって、仕事で行ったゴルフで疲れていたのに会ってくれた。
恐らく、これから先にこんな人は滅多に現れないだろう。
「……僕は、本当に馬鹿なことをしてきたな」
涙腺が緩みはじめ、ラーメンが少しだけ塩辛くなったような気がした。
ラーメンは、きっと大切なことを教えるために棚に眠っていたのだろう。
食べられることで、彼と僕の命綱になるために。

そのときだった。

ブーン、ブーン

スマートフォンが振動した。
あの友人からLINEが来ていた。
「年末年始に会わない?」
僕は震える指で「いいよ」と打ち込んだ。
それは、これからも友人との関係を続けようと思った瞬間だった。
迷いはない。
「こんな僕の友人でいてくれて、本当にありがとう。そして、これからもよろしく」
ひとりごとが口からこぼれた。

***

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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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