メディアグランプリ

東京オリンピックが終わるまでに、私は東京生活の終活をしよう


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記事:植松真理子 (ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
 申し込みフォームに必要な項目を打ち込み終わり、さぁ「送信」ボタンを押そうという時になって、手がとまった。何かためらいを感じたのだ。でも、何にためらいを感じたのだろう?
 申し込もうとしているのは2020東京オリンピックボランティアだ。別にためらいを感じるような類の内容ではない。参加条件を満たせるかという心配をしたわけでもない。競技そのものをサポートする「大会ボランティア」の参加条件は厳しいが、関連イベントの運営や交通案内の「都市ボランティア」の参加条件、5日以上、1日5時間は、東京在住者である私にとってはそれほどの無理はないだろうと思う。
 ためらいを感じた理由は別にある。
 
 東京オリンピック……。前回1964年のオリンピックのことを母はよく覚えていた。ゴミの捨て方のルールが厳しくなった代わりに街がみるみるきれいになり、首都高速道路が完成して、東京が未来都市になったように感じたのだそうだ。大会そのものは見に行けなかったそうだが、何か記念が欲しくて買ったという記念メダルを見せてくれた。日本という国にとっても転機の1つとなった、と教科書で習った。その東京オリンピックが再び開催される。
だから、私は少し前からこう考えていた。
「2020年までは東京にいて、東京オリンピックの雰囲気を味わいたい」
 
実は、これは単に東京オリンピックを楽しみにしているということではなく、この大きなイベントを口実にして、決めなければならないことを先送りにしている、ということでもあった。
田舎で一人暮らしをしている母の介護をどのようにするか……、私が田舎に戻って一緒に暮らすか、それとも介護サービスを遠隔でお願いするかを、そろそろ決めなければいけないのだ。
東京オリンピックのボランティアは、そのこととは関係なく申し込もうとしていたのだが、ふと「これは東京でのいい思い出になるだろうな」と考えてしまい、申し込むことが田舎に帰ることを認めてしまうような気がして、ためらってしまったのだ。
 
正直にいえば、私は田舎に戻りたくない。友人達とも疎遠になってしまうだろうし、仕事もゼロからやり直しだ。ちょっと勉強しに行く、といった機会も場所もない。目の前になければ、いずれ興味も持たなくなっていくと思う。それが受け入れられない。
では、母の体が弱ったら高齢者施設に任せるという割り切りができるかというと、それには抵抗がある。母はできるだけ自宅で暮らしたいといっているし、過去に父や叔母を介護した経験から考えて、介護サービスを使っても一緒に暮らす家族がいないと自宅での生活は支えきれないと思う。
 
母が私の家に来てもらって一緒に暮らすというもう1つの選択肢は、母の拒絶によって早々に消えていた。母が75歳になった時には、「まだまだ体が動くから、あなたは自分のやりたいように暮らしていいわよ」といっていたが、あれから8年も経った。
最近、母は地元の公民館で配っているエンディングノートをもらってきて、書き始めた。必要性を意識しているということだろう。少しずつの変化は、行動を起こすタイミングがつかみにくいが、もしかしたら既に介護に備えるタイミングがきているのかもしれない。そうだとすれは、私は2年後の東京オリンピックのボランティアなどに申し込んでいいのだろうか?
 
頭の中はぐるぐる考えていたが、手はそのまま動いて「送信」ボタンを押してしまった。一瞬、パソコンの画面が白くなって、すぐに「お申込みありがとございます」という文字が表示された。
すると、予想外の変化が私の中におきた。
 
田舎にどんな介護サービスがあるかを具体的に情報収集しようというアイディアが浮かんできて、ふっと気持ちが軽くなったのだ。保留期限にしていた東京オリンピックに関連する、ほんのちょっとの具体的な行動が、他の問題も具体的に動きだすスイッチだったかのようだ。
おかしな話だが、「2-3年後には田舎に帰るかもしれないから、いいや」と思って放置していた壊れた本棚も、「修理しよう」という気持ちが猛然と湧いてきた。
 
母のエンディングノートを見せてもらったら、序文にはこんなことが書いてあった。
「終わりを意識することで、恐れを感じることもあります。しかし、多くの人が自分の生活の優先準備を整理し、かえって前向きに生活されています」
今の生活には終わりがあるという自覚をもつことが、今を大切に感じるようにさせるということではないだろうか。これはそのまま私にも当てはまった。
 
東京オリンピックまであと2年。そのあと田舎に帰るかどうかは、正直言ってまだ迷っている。だが、それを主体的に決めるためにも一度、私の東京生活を終活してみるのはいいことかもしれない。
そして私は、まず2年先までのToDoリストを作りはじめた。もちろん上がった項目のレベルはぐちゃぐちゃだ。具体的なものもあるが、漠然としたものもある。でも、それがわかったことで、次にやることも決まった。
まずは壊れた本棚を修理して、そして他のことにも具体的に取り組んでいけるような気がした。

 
 
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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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