メディアグランプリ

ボーっと生きていると世界は閉ざされていくもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:細田 北斗(ライティング・ゼミ土曜コース)

「イッシー!」
2歳になる我が娘から、注意を受ける。
彼女は、まだ日本語を話せないから、自分の不満をそのオリジナルの言葉に込め、人差し指を私の方へ向けている。

こちらが納得できることもあれば、理由がよくわからないこともある。
「なんでわからないの? ちゃんとサイン出しているでしょう?」
ヨメさんからも注意される。

社会人として10年にもなり、職場ではそれなりに役に立っているという自負があるが、家庭ではてんでダメ。こんなに自己否定されるのものかと、子育ての厳しさを感じている。

世の中では、イクメンなる人たちが活躍しているようだが、どうやったらあんなにも素敵な大人になれるのだろうか。

断っておきたいのは、「子供を育てて一人前」だとか、「子供によって大人にさせてもらう」などといった、特に少子化を背景として語られる社会の風潮からは、私は一定の距離を置きたいと思っている。

子供は大人の思い通りにならないということは、百も承知だ。
それでも放っておくと怪我をされたり、物を壊されたり、こちらの都合は全くお構いなしに無数の要求をされたり、時間がないのにグズられたりすると本当に参ってしまう。

「よく観察してみて。急がば回れ」
とヨメさんから言われた。

父親は思春期の頃から娘に嫌われてしまうとよく聞くが、2歳で嫌われてしまうのは、さすがに自分が可哀そうだ。
若干上から目線なのが気に食わないが、ヨメさんのアドバイスを聞き入れることとし、手を出すのを我慢して、まずは我が娘の行動を追ってみることにした。

棚から今日の新聞(まだ読んでない)を取り出して破り、紙吹雪を作って、朝から何やらめでたい雰囲気になっていた。

クレヨンでお絵描きを楽しんでいたら、テンションが上がり、スケッチブックの枠からはみ出し、テーブル、フローリング、ついには鏡がアートの対象となった。

朝ごはんの配膳を手伝ってくれるというので、箸と茶わんを渡したら、いつの間にか、何とかJapanのドラマーみたいになっていた。

これまでの行動を振り返ってみると、私にとって都合の悪いことについて彼女の行動を制止した時、彼女がチャレンジしている最中に私がしびれを切らして答えを用意した時などに「イッシー!」を受け、嫌われていることに気づいた。
その逆に、彼女のペースに合わせ、一緒になって考えたり、喜んだりすると、明らかに私を信頼してくれ、こちらのお願いも聞いてくれるようになった。

私にとって失敗は、彼女にとって必ずしも失敗ではない……。
落とす、壊す、破る、叩く、ぶつける、転ぶ。
その全てが、カオスの世界から、法則性を見出すための挑戦であり、試行錯誤の過程なのだ。カオスの世界に身を置くのは、どれほど恐ろしいことだろう。何が自分の身に降りかかってくるのか、全く予想がつかないのだから。

興味深いのは、それならいち早く答えを知りたいのではないかとこちらは思うのだが、それは違うようだ。
彼女は、自分でやってみて答えを導くことにこだわっている。

考えてみれば、私が受けてきた小学校からの教育は、できるだけ多くの問題と答えのセットを覚えることに慣れさせるものであった気がする。
社会人になっても、Qという問題を瞬時にAと答える「要領の良い人間」が評価されるものだから、私も知らず知らずのうちに順応してきたのだ。そうれもそうだ、いちいち哲学者になって「そもそもだね」なんて言う奴は、会社で相当煙たがられるだろう。

そうした社会に順応し、多くのことを予測することができ、一人前になった気になっていたところに、まさかの我が娘からのダメ出しである。

彼女の私を睨むような「イッシー」は、大人から子供に教えてあげようという上から目線の傲慢な姿勢に対する嫌悪感がにじみ出ている。
余計なお世話だと。
こちらがすぐに答えを教えようとすると、不機嫌になる。
そもそも、私が知っている答えは誤りかもしれない。
彼女は、手を出さずに近くで見守ってほしいだけ、一緒に考えてほしいだけなのかもしれない。

そういえば、最近話題になっている「森のようちえん(=自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称)」でも重要なことは、大人が最大限の配慮をしながら、子供たちに手出しをしないことだと言っていたことを思い出した。

我が子の行動をつぶさに観察する中で、学ぶこととは、好奇心に突き動かされ、色々な可能性を探るために挑戦し、試行錯誤を繰り返し、自分が納得する答えを自分で見つけ出す過程なのではないかとぼんやり考えた。

彼女の姿は、アルベルト・アインシュタインの名言である
「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる。」
という言葉にも共通する部分がある。というのは、親バカ。

結果的に彼女が、周囲に迷惑をかけながらも数えきれない挑戦をしているからこそ、驚異的なスピードで様々なことを学習している。その間に、私はどれだけ成長したというのだろうか。

我が子の成長を見守る中で、自分自身が、いつしか、失敗を恐れ、恥ずかしい思いをしないように生きているという現実に向き合うことになった。
それは、自分の世界を閉ざすだけでなく、どこかの情報を確認もせずに鵜呑みにする体質をも作り出してしまったのではないか。
自分の専門分野の話題にだけ、得意げに知識をひけらかし、決めつけ、その守備範囲からは怯えて出ようとしない自分。

それでも、社会人としてのルールを覚え、適応してきた自分の努力は、無駄だとは思いたくない。
きっと、次のステージに上がるためのきっかけを彼女がくれたのだ。
そう考えることにしよう。

私がそんなこと思いを巡らせ、食卓で難しい顔をしいると、左右にスプーンとフォークを持った彼女が、「イッシー!」と笑顔で注意してくる。

翻訳すれば、「ボーっと生きてんじゃねぇ!」と言われたんだな。
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2019-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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