留学だけじゃ勿体ない!
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記事:古川貴弘(ライティング・ゼミ平日コース)
「謝謝! 謝謝!」
20年ほど前、私は中国で生活をしていた。留学、仕事と足掛け6年半ほど。
その時、もっとも使った言葉が「謝謝!」だったように思う。
1年間の留学時代は、言ってみれば完全にお客さん気分だった。
留学生寮に住み、周りには日本人、韓国人、アメリカ人、等の留学生と、留学生慣れした中国人の先生たち。昼は学内の食堂で食べたり、友人たちと近くのレストランへ食べに行ったり。もちろん、そのレストランも留学生がよく利用しているので、外国人慣れしていた。片言の中国語でも、こちらの言いたいことを察してくれたりして、何の不自由もない留学生活だった。「自分は外国人だから、親切にしてもらうのは当たり前だ」という間違った意味でのお客さん気分があったように思う。
留学するまでは、ずっと実家暮らしだった。出身が京都で、自分は一生関西圏で生きていくものだと思っていた。大阪や神戸で暮らすのは想像できても、東京などの関東圏では絶対に無理だと思い込んでいた。そんな自分が初の一人暮らしを異国の中国で始めることになるなんて思いもしなかった。
きっかけは、大学2年の春休み。友人2人と行ったタイ・カンボジアへの旅行だった。もちろん、初めての海外。2週間にわたるバックパッカーの様な貧乏旅行だったが、友人の1人が帰国子女だったので、交渉事などは友人に任せっきりでついて回っただけの旅行だった。しかし、刺激満点の2週間だった。タイでゾウに乗ってトレッキングをしていると、急にゾウが暴れだして友人2人は振り落とされ、私だけが背中に取り残され、森の中へゾウが疾走。生まれて初めて「ヘルプミー!!」と叫んだ経験や、田舎の紙の無いトイレで不浄の左手を発動したり。舗装されていない砂埃まみれの道を、トラックの荷台に積まれて10時間ほど走って身体中真っ黒になったり。20年経った今でも鮮明に思い出せるほどの刺激満点の2週間だった。
この体験に味をしめて、翌年の春休みには2週間かけて中国を旅した。上海から入り、鉄道を使って、蘇州、青島、北京と北上した。大学で中国語を専攻していたので、片言の中国語操りながら旅を楽しんだ。この時、明確に留学という選択肢を意識したのだった。
4年生の時に、通っていた大学と交流のある中国の大学に交換留学生として行く事が決まった。交換留学生だと、日本の大学の単位も取れるので、留年することなく卒業が出来るということだったので、応募して無事学内選考を通ったのだ。
1年間の留学生活。最初は初の一人暮らしということもあり不安もあったが、始まってみると意外と楽しくて、あっという間に過ぎていった。半年が過ぎる頃には、1年では物足りないなと考えるようになっていた。
中国語も段々聞き取れる様になってきて、言いたいことも、詰まりながらも相手に伝えられるようになってきた。活動範囲も徐々に広がってきた。その頃には、留学生の輪からも離れ、町の喫茶店などで中国人の学生と交流したりもするようになっていた。中国語ももっと勉強したいし、1年では物足りない。でも、親のすねをかじって留学の延長をするのは難しいだろうな、と考えた。
そして、選んだ道は就職。現地で元留学生のつてをたどって、日本企業の現地法人への就職(現地採用職員)を決めることができた。一旦、帰国し、日本の大学を卒業してから再び中国へ戻った。
そこで初めて、留学と仕事の違いに直面することになる。
日本企業とはいえ、現地採用なので待遇は駐在員として派遣されている人とは天と地ほどの差があった。給与はもちろん、住まいも自分で現地の不動産屋へいって探し、何かトラブルがあれば自分で大家さんと交渉する。通勤も自転車やバスなどを使って、大洪水の様な人の波の中をかいくぐりながら家と会社の間を往復する毎日。当然ながら、自由な日は会社が休みの時だけ。疲れていたので午前中は寝て、午後からはたまった家事や買い物をしていると一日が終了。遊びに出かけようにも、留学生時代の友人たちの大半は留学を終えると帰国してしまっていたので、遊びに行こうと誘う相手も少ない。
仕事では、日本から派遣されている駐在員のおじさんと中国人スタッフの間での通訳をしたりしていたが、1年留学しただけの語学力では仕事で通用する訳がなく、留学生時代以上に中国語の勉強に必死だった。
そんな毎日を送っているうちに大切なことに気付いた。仕事である以上、外国人だから言葉が通じにくいので、と逃げることは許されない。しかも、日本人の常識は通じないことが多い。相手が中国人だとか日本人だとかの問題ではなく、一人の人間として信頼関係を築く必要があった。その上で、相手にこちらの意図が通じるまで、身振り手振りも加えながら言葉を尽くすのだ。
そんな環境で過ごすうちに、留学生の時は無意識にあったお客さん気分も徐々になくなっていった。そして、中国人の優しさに触れる機会が多くなった気がした。いや、正確に言うと、以前から優しさに触れてはいたが、受け取る自分が「当たり前」と思っていたので、感じ取れなかっただけだった。
私が日本人だからと、ゆっくり話してくれる人、簡単な言葉や表現を使って丁寧に説明をしてくれる人、日本文化のことなどを積極的に質問してくれる人、食事に誘ってくれたりする人。ちょっとしたことだけど、そんな気遣いに気付けるようになった自分がいた。本当に嬉しかった。そして「謝謝!」が口癖になっている自分がいた。
希望に目を輝かせて、海外に留学するんです、という若者に出会ったら思わず言ってしまう。
「留学だけじゃ勿体ないよ」と。
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