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メディアグランプリ

「舌だけは、今でも越せぬ関ヶ原」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
私は今、実家より東……大雑把に言うと関ヶ原より東の地にいる。
 
就職氷河期、選択の自由はない。好きも嫌いも是非も無く「雇っていただいてありがとうございます!」と大声で麗句をのたまい、この地にやってきた次第である。
 
関ヶ原を越えてきてしまった。
 
母が関ヶ原より東の出身なので、あまり深く考えたことはなかったが、一人で長期に暮らすのは初めてだった。
 
引っ越しの片付けも終わり、ようやくひと心地つくと、次になすべきは食料調達である。生きるためには何かを食べなければならない。とりあえず私は新居の近くにあるスーパーに出かけた。
 
ざっと店内を歩き、品揃えと値段をチェックする。
 
何かがおかしい……
 
確証めいたものはない。ただ漠然と「何がか違う」と頭の中で自分の考えが駆け巡った。
 
再度青果コーナーを通り過ぎ、精肉コーナーに来て、その違和感の正体に気がついた。
 
棚に並ぶ肉の色が妙に白っぽいのだ。
 
ああ、置いてある肉の比率が違うのか。
 
よく見ると、牛肉より豚肉の方が多いのだ。精肉コーナーの隅に申し訳ない程度に置かれた牛肉と比べると、豚肉は産地や部位、パックのサイズも様々なものが揃っている。
 
売っている肉の構成から違うのか、と驚いたが、郷に入れば郷に従えと私は豚肉のパックをカゴの中に入れた。
 
この他にも初めて見る食材や商品に驚きながら、面白がりつつ、初めての異郷での食料品の買い出しを楽しんだ。
 
そして忘れてはならないのは、特売品のチェックである。今日の特売品は何だろうと貼られているチラシを見ると、有名メーカーのメジャーなカップうどんが特売になっている。私はそれを見つけると迷いもなく手にし、カゴに入れた。
 
会計を済ませて、家まで帰り生鮮食料品類を冷蔵庫に突っ込み終わったところで、タイミングよく腹時計が音を立てた。
 
時計を見ると12時半を指していた。お昼ご飯にはちょうど良い頃合いだ。そう思い、買ってきたばかりのカップうどんの外装ビニールを破き、いつものように蓋を開けた。
 
「あれ?」
 
何かがおかしい。
 
“開けた時、こんな色をしていただろうか?”
 
私は眉間にしわを寄せながらまじまじとカップの中を見つめた。見慣れた色と違う気がしたのだ。いつもより色が濃い気がしたのだ。
 
まあ、いっか。
 
思い過ごしだろうと私は思った。気を取り直し、やかんに水を入れてお湯を沸かした。お湯が沸いて、それを注ぎ、いつもどおりの手順で作っていく。
 
やっぱり何かがおかしい。
 
匂いだ。いつもと違い、鼻の奥に刺さってくるような匂いだった。この商品、こんな匂いだっただろうか? と首を傾げながら時間が経つのを待った。
 
タイマーのアラームが鳴り、私は紙の蓋を開けた。
 
確実におかしいやつだ!
 
麺はさておき、つゆの色が明らかに違っていた。全体的に茶色っぽいのだ。とはいえ、別に傷んでいる様子もない。賞味期限も購入時に確認済みである。
 
まあ、それなら大丈夫だろう。久しぶりに食べるし、ただの記憶違いかもしれない。そう思って私は一口食べた。
 
うん、味が違う!
 
うどんつゆのだしが違うようだ。おそらくこれは鰹……
 
見慣れたパッケージから、今までと違う味がすることの違和感を拭えないままどうにか完食……はできなかった。どうしてもつゆを飲むことがためらわれたのだ。
 
何とも言えない感情を抱きながら、私は携帯電話に手を伸ばし母に電話をかけた。
 
電話に出た母に、開口一番私は告げた。
 
「お母さん! カップうどんの味が変だよ!!」
 
私の言葉に母は動じることなく「そりゃそうでしょ」とさらりと答えた。
 
どうやら母は全てを知っているようだった。
 
「ああ、知らなかった?」と言ってから彼女は言葉を続けた。
 
このメーカーのカップうどんは東日本と西日本で味が違うこと。
 
判別するには原材料が記載されている辺りにある、丸で囲んであるアルファベットを確認すれば良いことを教えてくれた。
 
そう聞いた私は、その表示を探した。
 
それは小さく表示されていた。これは知らなければ分からない。
 
「丸にE、って書いてある」
 
私は電話の向こうの母に告げた。彼女は「そりゃー味が違うわ」と言って笑っていた。
 
そんなことは知らなかったし、教えてもらった記憶もない。改めて、まだまだ知らないことが多いんだなと思うのと同時に、私はこの地でこれから味の違いに耐えられるだろうか、と新たな食との出会いに不安を覚えたのだった。
 
それから10年以上の歳月が過ぎた。
 
私はこのカップうどん事件の他にもあった、いくつかの食文化の違いを乗り越え、楽しめるくらいにはなった。美味しいものもたくさんあるし、気に入ったものにも巡り会えた。
 
しかしながら、どうしても……
 
どうしてもうどんに関してだけは、未だに関ヶ原を超えることができないでいる。外食でうどんを食べるときは、大型チェーン店のうどんや、変わり種おしゃれうどんしか選択肢に入れない日々である。だが、これを書いた今決意した。
 
次に特売で見かけたら買ってみよう。
 
果たして私のカップうどんへの気持ちは関ヶ原を越えられるだろうか。そんな自分にワクワクしているところである。
 
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2019-02-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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