五年生のあの日、世界が変わった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:藤村薫(ライティング・ゼミ日曜コース)
「学校どう? 楽しい?」
そう聞かれたことのある子ども、聞いたことのある親は、とても多いだろう。日常のあいさつと同じくらいとは言わないが、ありふれた質問だろう。
私も、小学校五年になったばかりの頃、母からそう聞かれた。
何故そんなにはっきり時期を覚えているかというと、その二ヶ月ほど前に転入したばかりだったからだ。ある程度の時間が経って、無事に馴染めたかどうか確認したかったのだろう。
私は、正直に「あまり楽しくない」と返した。
どうしてかと重ねて問う母に、具体的な文言は覚えていないが、「仲間に入れてくれなかったり、不愉快なことをされるから」と答えたと思う。
当時は、まだ「いじめ」という言葉が今ほど重い意味を持っていなかったので、自分自身でも深刻に受け止めてはいなかったのだが、私はクラスメイトからいじめられていた。
話しかけても無視をする、グループを作る時にかたくなに仲間に入れない、といったものから、給食に雑巾を絞った汚水を入れられる、授業中に後ろから背中をコンパスの針で刺される、上履きに画びょうを入れられる、といったこともあった。
転入前にいたのはヨーロッパで、そこでも私は「日本人だから」という理由で一部からいじめを受けていた。
それでも、海外にいた時は、私の髪を「汚い」とののしる子がいたのと同時に、「僕は君の黒い髪は綺麗だと思うよ」と言ってくれた子がいた。
いじめられていることに気付いていたかどうかはさておき、日本文化を紹介することで皆と私の距離を縮めようとしてくれた先生がいた。
今まで生きていて、祖母が送ってくれた千代紙で鶴を折って見せたあの時ほど、感嘆の声と憧れの眼差しに包まれたことはないかもしれない。
良くも悪くも個人主義の国で、明確な敵意も確かに向けられたけれど、味方もいてくれることで孤独にはならずにすんでいた。
ただ、孤独ではなくても、毎日くり返しネガティブな感情をぶつけられれば疲れるし、悲しくもなる。
日本人だからという理由で差別されていた私は、日本に帰れば何も問題がなくなるのだと単純に信じていた。
誰もが温かく受け入れてくれるであろう日本に帰りたいなぁと、一時帰国で祖父母の家に行って歓迎されるたびに願っていた。
けれど、念願かなって戻って来た祖国は、私を受け入れてはくれなかった。今までと同じか、もっと陰湿な対応をされた上に、誰も味方してくれなかった。
先生も、気付いていたのかいなかったのか。なんの印象もないということは、特に何もしてくれなかったということなのだろう。
そんな中での母との会話。
娘の答えから何かを感じ取ったのか、そこから根掘り葉掘り聞かれて、私は同級生からこんなことをされているのだと、淡々と伝えた。
すると、普段は温厚な母が、珍しく厳しい表情になった。
「あなたは、そういうことをされる原因が自分にあると思っているの?なにか悪い事でもした覚えがあるの?」
していない、と私は必死で答えた。むしろ、友達を作りたくて、できる限りの努力をしていたつもりでいた。それを一生懸命に訴えた。
すると母は、ばしんと私の背中を叩いて、きっぱりと言い放った。
「だったら、堂々と胸を張って、やり返しなさい!!」
そしてぎゅっと抱きしめてくれた。
当時、どんな気持ちでいて、何を思って休みもせずに学校に通っていたのか、今ではまったく思い出せない。
それでも、そう言われた時の「ああ、私は間違っていなかった、この人だけは味方でいてくれるのだ」という安心感と喜びは、今でも鮮明に思い出せる。
それほど強烈な一言だった。
「私には絶対的な味方が近くに居るのだ」という確信を持ててから、私は無理して気の合わない相手と友達になろうとしなくてもいいや、と思えるようになった。
あまりに理不尽だと感じられる暴力を受けた時などは、言いつけを守ってきっちりやり返した。
そうするうちに、いじめていた子たちは数か月で私から興味を失って離れて行き、代わりに穏やかな子が近くに来るようになった。
そして、私は複数の友達と一緒に笑顔で六年生になった。
やり返しなさい、という言葉に、眉をひそめる人もいるかもしれない。
小学生への躾や教育として、正しい方向ではないのかもしれない。
けれど、もしかしたら学校に通えないほど心身のバランスを崩したり、最悪の場合は自ら死を選んでしまうような事態にもなったかもしれない私が、なんとか笑顔で卒業式を迎えられたのは、間違いなく、母の一言があったからだ。
「我慢しなさい」でも、「頑張りなさい」でもなく、「やり返しなさい」。
たぶん心の底ではずっと前からやり返したかったから、あんなにも強く刺さったのだろう。
人を励ます言葉に、万人に当てはまる正解などない。
第三者からどう聞こえようと、苦しんだり悲しんだりしている当事者が「味方がいてくれる」と感じて安心できるのであれば、どんな言葉でも良いのだ。
そして、大切な人が悩んでいる時は、あの日の母のように、その人が最も必要としている言葉と共にばしんと背中を叩いてあげたいと思う。
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