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「ヒッチハイクとビギナーズラック」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「大変申し訳ありませんが、このバスで免許センターに向かわれるお客様、お時間に間に合わない可能性がございます」
 
顔から血の気が引く音がした。
 
この日、私は自動車免許取得の最終試験のために、朝一番の電車とバスを乗り継いで運転免許センターへ向かっているところだった。
 
ご同類が何人か紛れていたらしく、車内に動揺が広がっているのがわかった。
 
ここで運転手さんから選択肢の提示があった。
 
「このまま乗車して定刻に到着するのを祈る」
 
「この先のバス停で降りて、タクシーを捕まえる」
 
「別路線に乗り換えて向かう」の三択だった。
 
提示された、どの選択肢からも最適解の匂いがしない。しかし状況を変えられない第1の選択肢を私は即座に切り捨てた。
 
残りの選択肢を選ぶ事を決めた私は、次のバス停で降りるしかなかった。同じ考えに至った数人が降車し、バスはゆっくりと走り去った。
 
財布を鞄にしまい、辺りを見回した。既に同じバス停で降りた人の姿は遠く、それも2方向に分かれている。
 
そもそも、ここはどこだ?
 
私は現在地を見失った状態であることに、ようやく気がついた。
 
目的地ははっきりしているが、ここからどれくらいの時間で目的地に到着するのか、皆目見当がつかないのだ。
 
しまった!
 
気がついた時には、もう遅すぎた。
 
どうしよう、どうしよう! このまま「間に合わなくて試験が受けられなかった」なんて親に言ったら怒られる!
 
焦りばかりが募る。両親は厳しい人なので絶対に怒られる。当時、スマートフォンは無く、携帯電話が今ほど普及していなかった時代である。手元の地図も自動車学校でもらってきた、ざっくりとした略地図しかなかった。
 
頭の中では、焦りと動揺と恐怖と後悔とが一気に投入されて、煮込まれ、今にも吹きこぼれそうになっていた。
 
その煮込まれた感情の中から、こぼれたアイデアが一つ浮かび上がった。
 
これしかない、そう思った。
 
鞄の中から震える手で、筆記用具とノートを取り出す。
 
ノートの見開きを使い、太字のペンで「運転免許センター」と大書し、筆記用具を鞄にしまう。
 
立ち上がり、ノートを右手に掲げ持ち、左手の親指を立て、腕を車道側へ突き出した。
 
朝の通勤時間帯、止まってくれる車なんて無いかもしれない。
 
そう思ったが、その時の私はそれ以上の答えを思いつけなかったのだ。もしかしたら、流しのタクシーが捕まるかもしれない。そんな期待もあった。
 
それから5分も経たないうちのことだった。
 
一台のタクシーが通り過ぎ、スピードを緩め少し先で止まったのだ。
 
私はタクシーに向かって駆け出した。
 
ところが、タクシーには既に先客が乗っていた。運転手さんの他に、親子だろうか、助手席に私と同じくらいの年頃の男性、後席には50代くらいの女性がいた。
 
どうしたものかと戸惑っていると、タクシーの後席のドアが開き、女性が話しかけてきた。
 
「あなた、運転免許センターに行くんでしょ?! 乗りなさい! 早く!」
 
その声に押され、私は慌てて乗り込んだ。ほぼ同時にドアが閉まり、タクシーは走り出した。
 
「あの、すいません、その……ありがとうございます」
 
私の言葉に、女性はにっこりと微笑んだ。
 
「まだお礼を言うのは早いわよ、間に合わないとね。運転手さん、お願いね」
 
「それじゃあ、ちょいと急ぎますんでね、どこか掴んでてくださいよ!」
 
そう言うと、運転手さんは横道に入り、少し荒めの運転でタクシーを走らせた。道は幾度も曲がり、どこをどう走っているのか土地勘のない私にはさっぱりわからなかった。
 
そして、タクシーは運転免許センターへ到着し、入口近くのぎりぎりのところに停車した。
 
私は財布を取り出しながら、女性にお礼を言った。ところが彼女は私の背中を強く押して言った。
 
「お金はいいから早く行きなさい! 今なら走れば間に合うから! 振り返らないで受付を目指しなさい!」
 
短くお礼を言って、タクシーを降りた。
 
同乗していた男性は、既に入口付近まで走っていた。私もその後に続いた。
 
かくして、私は試験の受付手続きに間に合ったのだった。
 
ふう、と一息つくと、出入口にバスが停車しているのが見えた。どうやら降りたバスが到着したようだった。こちらに向かって何人かが走ってくるのが見えた。
 
「なんだ、バスに乗ってても間に合ったんじゃん……」
 
自分の浅慮さと判断力の悪さに落ち込んだ。
 
しかし、
 
受付に書類を出そうとした彼らの目の前で、チャイムとともに、無情にも受付終了のシャッターが降りたのだった。
 
危なかった。
 
私は改めて、乗せてくれた女性と自分の悪運の強さに感謝した。
 
そんな中で受けた最終試験は無事合格し、私は同乗していた男性を見かけて話しかけた。せめて人づてでも改めて感謝の気持ちと合格を伝えたかったのだ。
 
「あの、お母さんにありがとうございました、とお伝えください」
 
すると男性は言った。
 
「いえ、母じゃないです。自分も同じように乗せてもらっただけで……」
 
あてが外れてしまった。せめて間に合って合格した事だけでも伝えられたら、と思っていたのだが……
 
とにかく、合格である。私は疲労感いっぱいだったが合格者手続きの窓口に並び、順番を待った。
 
「あら! あなた合格したのね、おめでとー! 良かったわねー!」
 
その声に顔を上げた。
 
丸い手続き印を持った制服姿の彼女の笑顔が、私の目の前にあった。
 
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2019-03-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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