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ある小料理屋の物語。

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中園陽二(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
カッコいい大人の条件として、「贔屓の店を持つ」というのがあると思っている。
今まで憧れていたのだが、最近ようやく自分にも贔屓の店ができた。
どちらかといえば同じお店に通うよりは、新しい店を開拓したいと思う方である。
だが、このお店は何回もリピートしたくなる。
もうすっかり心を鷲掴みにされてしまった。
こういう運命の店との出会いは、まるでスターウォーズの物語のようだと思う。
 
場所は大阪の梅田から少し外れた東梅田近辺。
それも商店街のような賑やかな場所からは少し離れていて、小さな飲み屋がいくつかあるだけの静かな場所である。
大通りから一本外れているので、知らない人はまずこないだろう。
 
最初にそのお店に来たのは、いつもお世話になっている「長老」に連れられて、であった。
ある異業種交流の勉強会で知り合ったその長老とは、10年以上のお付き合いになる。(そういえば、薄目で見たらヨーダに見えないこともない)
知り合って以来かわいがっていただき、美味しい店やいろんな情報を教えてくださる。
日本酒にも造詣が深く、好きが高じてご自分で利酒師の資格を取られたほどである。
 
その長老が、「いい店があるんだよぉ」と言いながらニヤリと笑ってご紹介いただいたのがこのお店である。
店の中は10席程度。
店主と女将さんの二人だけで切り盛りしている小さなお店である。
カウンターのみで、ボックス席などはなく、シンプルな造りになっている。
シンプルというと聞こえはいいが、まぁ正直なところ、狭い。
席の後ろは1mもなく、席の後ろを通ろうと思ったら一苦労なぐらいだ。
 
カウンターの上には、おばんざいが大皿に入れられて10皿ほど並んでいる。
その大皿に入ったものを注文して小皿に分けてもらい、それをいただく、というスタイルである。
 
店内はきれいにされていて、よく居酒屋でありがちな、「うまいけど汚い店」ではない。
かと言って「割烹」というほど敷居は高くなく、「小料理屋」という表現がピッタリな店である。
 
初めて店に入ったときは、いい店だけど狭いし、なんだか身動きとりにくそうだなぁ、という印象であった。
あまり期待はしていなかったのだが、長老に薦められ、じゃあとりあえず……、ということで大皿から何品か適当に頼んだ。
そして運ばれてきたものを食べたのだが、一口食べて驚いてしまった。
めちゃくちゃうまかったのだ。
えっ! こんなに美味しい店があったの!? と思うレベルである。
まぁ、一皿ぐらいはまぐれ当たりがあるだろう、と思って別の皿を食べてみたが、それもまた絶品である。
出される料理すべてが絶品!
ずっとピークが続いているようなイメージである。
何が出てきても外れがなく、口に合う。
恐ろしい10割バッターがいたものである。
「口福」という言葉があるが、まさしくそれで、一口一口、口の中が幸せになるのを実感できるのだ。
 
はぁ~、たまらん! と思いつつ周りを見ると、壁には地酒のメニューがびっしりと埋まっている。
日本酒へのこだわりが半端ではないのがよくわかる。
そして値段はリーズナブル。
他の店なら1杯1,000円ぐらいするのでは、という銘柄が、500円程度で飲めてしまう。
なんなんだこのお店は……、と思いつつ、日本酒を注文して飲んだが、これまたうまい。
料理に合うのである。
フランス料理などでは、料理とお酒の相性が良いことを「マリアージュ」と言うが、和の雰囲気なので「仲のいい熟年のおしどり夫婦」、というイメージである。
決して派手さはないが、お互いに良さを引き出し合って、抜群に合う。
 
そしてまた人がいい。
物静かな店主と明るい女将さん。
ふたりとも丁寧で人柄がよく、気持ちの良い接客をしてくれる。
一見とっつきにくそうな店主も、話すと気さくで気持ちのいいボールを返してくれる。
 
一事が万事、こんな調子ですべてが最高なので、もうこれは参りました、降参です、と早々に白旗を上げてしまった。
長老に秘密を聞くと、してやったりという笑顔で、これまた驚きの答えが返ってきた。
何を隠そう、この長老が日本酒を全てプロデュースしたというのである。
只者ではないと思っていたが、まさかお店のお酒までプロデュースしだすとは……。
 
事の顛末はこうである。
ある日、長老が知り合いに連れられてこのお店に来たのだそうだ。
その時は日本酒はほとんど置いておらず、普通の居酒屋、という感じであったらしい。
そこで料理を食べたら、料理が絶品であった。
こんなに料理がうまいのになぜ日本酒を置かないのか? と店主に聞いたところ、店主も女将さんもふたりとも下戸で、アルコールが飲めないとのこと。
これはもったいない、じゃあおすすめのお酒を教えるからそれを仕入れなさい、と、わざわざ日本酒のリストを作って渡したのだそうだ。
女将さんが勉強熱心な方で、それから日本酒を頑張って勉強し、どんなお酒が喜ばれるかを長老と一緒に考え、仕入れて店に出していったのだそうである。
そうするとあれよあれよという間にその日本酒の品揃えの良さに固定ファンが付き始め、今では知る人ぞ知る隠れ家的な人気店になったようだ。
そして今では芸能人もお忍びで来るそうである。
 
長老からその話を聞いたときは冗談じゃないかと思った。
初対面のお客がいきなり日本酒をプロデュースすることなんてあるだろうか。
しかし店の店主に話を聞くと、間違いないそうで、「長老様様です」とのことであった。
長老、恐るべしである。
 
しかしすごいのはやはり店主と女将さんである。
初対面のお客のアドバイスを素直に受け入れて、お客さんに喜んでもらうためにと自分では飲めないのに日本酒を勉強し、揃えていったのである。
その勉強熱心さには頭が下がる。
このお二人の人柄こそが、ファンを増やす最大の秘訣だろうと思う。
 
そして僕もまた、フォースに導かれるがごとく、このお店と出会ってしまった。
高いコース料理も美味しいが、やっぱりこの店の味が恋しくなるのだ。
お腹いっぱいうまい料理を食べて、うまい日本酒を飲みまくって、それで5,000円。
コスパが良すぎる。
先日、知り合いをこのお店に連れて行ったら、その帰り際にもう次の来店の予約をしていた。
いつの間にか僕よりも常連になっていそうな勢いである。
 
と、書いているうちに、既に口の中はこのお店の「口」になってきてしまった。
あぁ、はやくまた行きたい。
口の中を幸せでいっぱいにしたい。
次行くときは日本酒好きな知人を連れて行こう。そしてファンを増やすのだ。
そのファンがまた新たなファンを作り出し、物語はつながっていく。
まさしくスターウォーズのようである。
あの店の小さいけれど壮大な食の物語は、こうしてまだまだ続いていくのである。
 
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2019-03-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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