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メディアグランプリ

20歳で出会った「別れ」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:よつはしまき 「ライティング・ゼミ平日コース」

近所のおばちゃんが亡くなった。
1月の、雪でも降りそうな、とても寒い日だった。

その頃私は、大学に入るために浪人生をしていて、
受験日が迫っているのに点数が上がらず、
重たい気持ちを抱えながら毎日を送っていた。

そんな欝々とした日に、もたらされた訃報。

わかっていた、おばちゃんが長くない事は。
当時はめずらしかった、終末医療を施してくれる病院を
自ら選んで入院したと聞いていたから。

苦しい治療を続けるより、
人生の最後を穏やかに迎えたいと
おばちゃんから聞いたから。

だから、訃報を聞いたときに、ある意味驚かなかった。
でも、同時に軽いめまいがした。

ああ、おばちゃんはついに、逝ってしまったんだ。
ガンに負けたんだ、と。

おばちゃんはパワフルで気が強く、努力の人だった。
夜間学校に通いながら看護師になり、誠実で確実な仕事ぶりと丁寧さで
病棟の人気者だった、とは当時の看護師仲間が
お通夜の席で泣きながら言っていたことだ。

浪費家ですぐ仕事を辞めてしまうおじちゃんのお尻を叩きながら、
2人の子どもを育て、自分の母親も引き取り、
家を切り盛りしていたそのパワフルさは、
小学生だった頃の私でも覚えているくらい、近所で評判だった。

だから、10年前に乳がんを発症した時、
おばちゃんは迷うことなく乳房を全摘出して、
100歳まで生きるわよ、と笑った。

5年前に背骨に転移している事が発覚したら、
背骨を切り、金属の支柱を入れて、ガンと戦い続けた。

でも、ついに手術ができないところまで
ガンが転移しているとわかった時に、
おばちゃんは誰にも相談することなく、
終末医療の病院に転院を決めた。

そして、3年後に、あれほど見たがっていた桜を見る事無く、
息を引き取ってしまった。

お葬式には、たくさんの人が来ていた。
おばちゃんは近所でも人気者だったし、姉御肌だったのもあって、
多くの人がおばちゃんに何かしらお世話になっていた。

そんな中、肝心の喪主は、代理でおばちゃんの妹が務めた。
おばちゃんは終末医療の病院を選んだときに、おじちゃんと離婚していた。
浪費家で借金を作ってばかりの父親を、子どもたちから離すためだった。
しかし、その子どもたちは、ひとりはべろべろに酔っていたし、
もうひとりはどこにも見当たらなかった。

だから、急遽、おばちゃんの妹が喪主代理になって、
おばちゃんのお通夜は滞りなく進められた。

おばちゃん、あんなに戦ったのに。
全身に転移して、痛み止めも効かないくらいだったのに、
大丈夫って強がってがんばっていたのに。

すごく虚しくなった。
1か月後に迎える自分の受験も、意味があるのかと
逃げ出したい気持ちになった。

私はおばちゃんにかわいがってもらったし、
おばちゃんが大好きだったから、
私が医者になっておばちゃんを治すからねと
できもしない、幼稚な約束をした小さい時の自分を呪っていた。

おばちゃんの子どもがお酒を飲んで騒いでいるのが
無性に腹が立った。
おばちゃんが危篤の時に呼び出しに応じず、
お通夜にも来ないもうひとりの子どもにも猛烈に腹が立った。

おしゃべりに花を咲かせている参列者たちにも、
怒りを感じずにはいられなかった。

お棺に入ったおばちゃんが、部屋の隅にぽつんと置かれていて、
おばちゃんを偲ぶ人はいないのかと
ひとりいらいらしていた。

だから、私はおばちゃんの顔を見に行った。

のどの奥にせり上がってくるものが苦しくて、
なかなか見られなかったけど、
やっとおばちゃんの顔を見た。

とてもきれいだった。
もともと美人で有名だったけど、今まで見た中で一番きれいだった。

私の中から、怒りやいらつきやふさいだ気持ちが、すっと消えた。

おばちゃんは、生き抜いたんだ。
病気に負けたんじゃない。
もう痛みも悩みも無い。
おばちゃんは、生きて、生きて、生き抜いたんだ。

私は長い事おばちゃんを見た。
そして、最後にゆっくり手を合わせて、目を閉じた。
周りの喧騒は消えて、私はおばちゃんと最後の会話をした。

外は相変わらず冷たい空気で
空は灰色の雲が今にも落ちそうなくらい分厚くて、
私のまぶたも腫れて重たかったけれど、
私の心の中は、波ひとつない水面のように
静かで穏やかになっていた。
 
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2019-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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