メディアグランプリ

耳とメモ帳


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記事:武田真和(ライティング・ゼミ特講)
 
 

偶然、にしては嬉しい誤算だった。
たまたまつけたラジオから流れてきた音楽は、昔よく聴いていたアーティストの曲だった。この曲には何度となく励まされたものだ。
音楽と共に、当時の懐かしい記憶が蘇ってきた。
「これ、覚えてるか?」
私は運転しながら、助手席にいる親友に話しかけた。
「覚えてるよ、流行ったよな」
彼も昔を懐かしんでいるらしい。そういえば、この曲が流行った時期にある出来事があった。
その話の主役は彼、つまり親友だ。
ウィンカーをあげながら話をふると、同じことを考えていたのだろう。
彼はあの話か、と笑いながら頷いた。
高校入学と同時に環境が激変した。初めての電車通学。
中学校は小学校の仲間がそのまま持ち上がりだった為、他校の生徒と話す機会はほとんどなかった。だが、高校は違う。
あらゆる学校、いろいろな地域からたくさんの人が集う場所だ。
クラスに馴染むのは時間が必要だった。
しかし、40人のクラスに一人だけ知っている男がいた。小学校からの親友だった。
知らない環境と場所で友人がいるというのは大きな支えだった。
ある日の放課後。
「今日は先に帰るわ」
そう言い残して親友は颯爽と消えた。
用事があるらしく、いつもの電車よりも一本早い電車で帰らなければならないらしい。
残された私は、高校から仲良くなった友人達とトランプに興じた。
トランプを切りながら、その中の一人が切り出した。
「あいつってさぁ、なんであんなに頭良いんだろうね」
先に帰った親友のことをさしているらしい。皆頷きながら、カードに目を配っている。
さらに別の友人が何かを思い出したようにつけ加えた。
「俺、あいつの後ろの席だけど、授業中ノートとってるの見たことないぜ」
全員の動きが一瞬止まった。その様子が驚きを物語っている。
授業中にノートをとっているのを見たことがない……?
何度も同じ言葉が反復される。では、一体、あの成績の良さはどういうわけか?
「あいつは天才なんだろ、きっと才能だな」
スペードのエースを軽く放りながら、この話題を言い出した友人が結論づけた。
そうだ、才能、才能と皆が言いながらどんどんカードが減ってゆく。
私だけが腑に落ちないまま、憮然と手持ちのカードを眺めていた。
翌朝。私は昨日の話題がまだ頭から離れなかった。きっと何か秘密があるに違いない。
中学校の時は、違うクラスだった為、親友の授業中の様子は知らない。
小学校の時は6年生だけ同じクラスだったが、特に授業中の様子を気に留めたことは
なかった。
しかし、テストの成績は学年でも常に上位を占めていた。
なぜ、私がそこまでこのことにこだわったのか。理由は明白だった。
彼とは完全に逆だったのだ。板書された文字は1文字たりとも逃すまい。
覚えるとはノートに書くことだ。手で書いてこそ覚える、そういう信念があった。
その信念が今、根底から覆されようとしている。電車に揺られながら、複雑な気持ちだった。
結局、電車に乗っている間は言葉が出てこなかった。
高校の最寄駅に着いて、空を見上げると薄い雲がゆらゆらと流れていた。
学校までは歩いて約30分。話を切り出すには十分な時間だ。
私は決心して口を開いた。昨日の放課後の話題を率直に話した。
親友は天才か、と笑いながら、満更でもなさそうな表情だ。私は先を促した。
「それで、何か秘密あるんだろ、教えてくれよ」
私より頭一つ分背の高い親友を見上げて私はさらに催促する。
「なぁ、頼むよ」
あまりにしつこい私に呆れたようだった。いつもの猫背がさらに丸くなっている。
「たいしたことはしてないよ。先生の話を集中して、じっと、聴いてるだけ」
は? たったそれだけ? もっとすごい答えを期待していた私は完全に拍子抜けした。
呆気にとられたままの私を置き去りに、彼はずんずん突き進んでゆく。
それ以外に答えはないぜ、彼の猫背にはそう書いてあった。
学校に到着して、昨日トランプに興じた仲間達にさっそく今朝の出来事を話した。
「あいつは天才なんだろ、きっと才能だな」
どこかで聞いたセリフだな、と心の中で突っ込みを入れる。
確かにあいつは天才かもしれない、そう結論づけることで納得させることにした。
もちろんその日の1時間目の授業はノートを取らない……勇気が起きるわけもなく、
板書された文字をノートにびっしり書き込んだ。
ちらりと後方に目をやる。親友と目があった。悪戯っぽく笑った彼は、
さも当然のようにノートを取っていなかった。
目的地に着いた。車から降りて大きく伸びをする。
「耳ってすごいんだな」
伸びをしたまま親友に語りかけると、「そうだよ」という明るい声が返ってきた。
あの出来事から数年後、著名人の講演会に参加するチャンスに恵まれた。
そこで私はある実験を試みた。その実験とは、講演の間はメモを取らずに聴くこと。
聞くのではなく、聴く。「傾聴」という言葉を知ったのはもう少し後になってからだった。
講演が終わってから、思い出してノートに書き込んでゆく。
自分でも驚くほどに、記憶に残っていた。
なぜだろう、と不思議に思いながらはっとなった。
実は聴くとは受け身ではなく、能動的な行為だと気づいたのだ。
積極的に聴こうとすることで、耳はメモ帳にもなりうる。
メモ帳は文字を書き込むことで初めて命が吹き込まれて意味をもつ。
耳もまた、積極的傾聴という行為によって、その可能性を輝かせ始めるのだ。
思えば、親友はいつも私の話をじっと聴き続けてくれた。
それがいかに有難いことか。
今日もまた猫背の彼を見ながら、そんなことを想った。

 
 
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2019-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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