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人生万事 えこひいき


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤城人(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
小さい頃からの俺の信条は、有言実行。言ったことは必ず達成してきた。
その結果、憧れのT大学に入学。卒業後は、大手旅行会社に就職できた。
同じ大学の連中からは、「何も旅行会社なんて…」と言われたが、ある程度、これは仕方がない。俺の親父が、小さな旅行代理店を経営しているからだ。
 
入社して3年目の秋、ちょっとした事件が起きた。
同期入社の斎藤が、係長に抜擢されたのだ。
 
(なんであいつが先なんだ?)
怒るというよりも、拍子抜けした感じだ。営業の数字では、斎藤よりも俺の方が上だ。
仕事に身が入らなくなった……。
 
「ちゃんと聞いているのかね?」
営業会議の席でのことだ。上司の指摘する声も、ほとんど上の空だった
そんな様子を見かねたのか、上司から昼食に誘われた。飲み会には、俺はほとんど参加しないからだ。
 
「せっかくの休み時間なのに悪いな」
「いえ。おおよそのことは見当がつきます」
「そうか、頭の回転の速い君らしいな。じゃあ単刀直入に言おう。
君は今回の人事、つまり、斎藤君の昇進が気に入らないようだね。どこが気に入らないんだい?」
「全部です。俺の方が、営業成績は上です。それに…」
「なんだね、口ごもっていてはわからないな。たぶん学歴も上と言いたいんだろう。でもね、社会に出ると、出身校や学校の成績なんて、本当はどうでもいいんだ。それよりも、もっと大切なことがあるんだ。何だと思う?」
「気遣いですか? それなりに気をつけてはいます」
「それなりにかい? そんなんじゃだめなんだよ。甘いんだ。旅行というのは、サービス業なんだ。先輩や同僚への配慮、組織全体の仕事の段取りなど、これができて初めて質の良いサービスができるんじゃないのかい?」上司の声は柔らかだ。
 
「斎藤の日頃の行動は、俺からすれば、人に媚びた行動にしか見えません。それって、えこひいきと同じじゃないですか?」上司とは反対に、俺は語気が荒くなっていった。
 
「えこひいきかい?」
「そうです。人に好かれる行為をする。そして、それを評価するなんて、えこひいきの人事じゃないですか」
「相対評価と絶対評価、この違いなんじゃないのかな? 今回の人事では、君も選考の対象だったんだよ。でも、見送られた。係長のポストは、今回1つしか空きがなかったからね。どちらを選ぶのか、『選ぶ側が選びたい人を選ぶ』、これがビジネス社会における相対評価だ」
 
上司は箸を置き、先に店を出た。一人残された俺は、打ちのめされた気分だった。
 
(なんであいつなんだ!)
 
俺がその会社を辞めたのは、それから5年後のことだ。30歳を目前に、親父が急に倒れた。
2代目として、俺は地元に戻った。
 
町の小さな旅行代理店の仕事は、大手とは全く異なるものだった。
例えば、学校の修学旅行の仕事を得るためには、校長先生やPTA会長の、ご機嫌伺いが欠かせない。それこそ「カバン持ち」だ。気に入ってもらえて、やっと仕事がもらえる。チケット1枚の依頼であっても、自宅までお届けする。
 
「郵送じゃだめなんだ。お客様の目を見て、手から手に直接渡すから、心が動くんだよ。だから、次も選んでもらえるんだ」ベッドの上から叱責する親父の声が、狭い病室に響く。
 
(こんなちっぽけな会社じゃ、やっぱり卑屈にならなきゃいけないのか?)
俺の心を見透かしたように親父が続ける。
 
「お前は小さい頃から、勉強はできた。でも、人づきあいを面倒がっていた。だから、友だちが困っていても、『関係ない』と帰ってきただろう。本ばかり読んでいた、そのツケが回ってきたんだ」
俺は返す言葉が無かった。
この町は狭い。町全体が、俺を拒んでいるように感じていた。
 
そんなある日。バイクを走らせていると、元カノの恭子を見かけた。信号の向こうで、小さな女の子と手を繋いでいる。どうやら結婚したようだ。
 
俺は、町を出るとき、自分から振った気になっていた。東京に連れて行くことは、いくらなんでもできない。でも、こうしてみると本当は、自分が振られたのかもしれない。
選ばれなかったのだ。
俺は、女の子の弾むようなスキップを見送った
 
自分の人生、自分で選んできたつもりだった。大学も、就職も、恋人も。
そう思っていた。でも実際には、相手にも選ぶ自由がある。
えこひいきはダメ、なんて言うけれど、俺は選ばれるための努力を、ずっと続けてきたじゃないか。あの大学に入るために必死に勉強をした。そして選ばれた。就職も同じだ。選ばれるために、面接の練習も繰り返した。
でも、恭子には選ばれなかった。
彼女にとって一番大切な人になる、
「えこひいきされる」努力が、俺には欠けていた。
 
「少しは、まともな御用聞きらしくなったじゃないか。やっとこの町の人間らしい顔つきになってきたな」
地元に戻って1年。俺は自分のことを私と呼ぶようになっていた。親父の叱責も、いつしか諭すような口調になっていた。
 
選んでもらうための努力。これは結局、自分のためになるんだ。仕事だけじゃない。選ばれるにふさわしい人間かどうか、自分の人間性が試されているんだ。会社の業績は、その信頼の結果なのだろう。
 
えこひいき、人はこれを悪く捉えがちだ。でも、私たちの人生は、選んだり、選ばれたりの連続だ。人から選ばれるための配慮や努力、これが巡り巡って、結局は人生が豊かになってゆく。
 
このことを、父や上司は私に教えたかったのだろう。
父の死後、かつての上司から手紙が届いた。
 
「あなたのお父様から、『わがままな息子を鍛えてやって欲しい』と、手紙をいただいていました。新入社員のときです。あれから随分と努力なさったのでしょうね。
お客様の希望に添う、御社のうわさは耳に届いています。
『声無くして人を呼ぶ』という言葉があります。私の好きな言葉です。
良い旅作り、お互いにがんばっていきましょう」
 
お客様に愛され、もっと会社を大きくしたい。「あなただから」と選ばれたい。
結婚相手にも。
そのための努力ならば惜しまない。
えこひいき最高だ!
 
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2019-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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