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メディアグランプリ

1/365に過ぎない特別な一日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)

「なんだ。もう来週か」

年度始まり。仕事が忙しくて忘れていた。
もう誕生日が、すぐそこに迫っている。

やばい。完全に忘れていた。
一瞬そう思ったが、すぐに思い直した。

「いや、べつに大したことじゃないな……」

そう。べつに大したことではない。
誕生日なんて、年間365日あるうちの、1日に過ぎない。
社会人になった今、特に何かするわけじゃない。いつも通り、仕事に向かう。夜は多分、適当に飲んで帰る。そうしていつの間にか、24歳になる。
ただ、それだけの1日だ。

そんなことより、明日も仕事だ。早く寝よう。
そう思い、布団に入った。
しかし目を閉じたとき、ひとつの疑問が浮かんできて頭を支配した。

誕生日が楽しみでなくなったのは、いつからだろう?

思い返してみると、子どもの頃は誕生日が楽しみで仕方がなかった。
簡易的なものではあったが、ちょっとした飾りつけで彩られた、いつもとは雰囲気の違う部屋。普段は絶対出てこないような豪華な料理と、ロウソクが立った大きなケーキ。そして今か、今かと心待ちにしていたプレゼント。
そのどれもが、楽しみで仕方なかった。まるで自分が世界の主役になったかのような気がして、嬉しくて嬉しくてたまらなかったのを今でも覚えている。

あの感覚が失われたのは、一体いつなのだろう。
思い返そうとしても、わからない。ただ、強く感じたのは、あの感覚を失ってしまったことに対する悲しみだ。
誕生日ひとつで楽しめたあの心を、僕はもう取り戻すことができないのかな。そう思うと、悲しくて仕方なかった。

翌日。仕事を終えて、いつものように帰宅した。
作り置きの料理を温めなおそうと、電子レンジに入れてボタンを押す。
すると、母親がお茶を汲みにふらっと台所に現れた。

「そういえば、あんた来週誕生日だね」

「そうなんだよ」と、僕は戸棚から食器を取り出しながら、うなずいた。
「もう楽しみにするような年じゃないけどね」

「そうだよね。昔はすごく楽しかったのに、あんたの誕生日会」

そんな母の言葉に、僕は違和感を覚えた。
「楽しかった」?
「楽しそうだった」の間違いじゃないのか?

「楽しかったってどういうこと?」

不思議そうな顔をした僕に対して、母は当たり前のように言った。
「どうやってあんたを喜ばせるか考えるのが、楽しかったんだよ」

母は話した。
部屋の飾りつけは、何を買ってどう飾り付けるか。
料理やケーキは、何を作って何を買ったら喜んでくれるか。
プレゼントに関しても、何を買ってどのタイミングで出すか。
僕を喜ばせるために、そういったひとつひとつを父親と一緒に考えるのが本当に楽しかったという。

ああ、そうか。話を聞いているうちに僕は理解した。
子供の頃の僕にとって誕生日は、他の日とは違う特別な日だった。
そして母親や父親、僕の家族にとっても特別な日だった。
だけど僕が大人になった今、特別な日ではなくなったのだ。

そう考えると、「誕生日=特別な日」というわけじゃない。
誕生日を、特別な日だと信じて、楽しんだ僕らがいただけだ。

同時に僕は思った。記念日とはまるで、塗り絵のようだな、と。
僕らが生きている毎日には、本来特別な意味などない。それこそ、塗り絵に色を塗る前のような、真っ白な状態だ。
その日を何色で塗りつぶすかは、その人の自由だ。

だから誕生日だって、1/365に過ぎない、と灰色に塗りつぶしたっていい。特別な日として金色に塗りつぶしたっていい。
すべては、僕次第なのだ。

クリスマスやバレンタインデー、母の日だって、同じだ。
もともと何もないはずの日を、母の日だと誰かが決めて色を塗った。それを受けて僕らも、同じ色を塗っていただけに過ぎない。
本来は何を塗るのも自由なはずなのに、だ。

どうせ自由なら、自分にとって楽しい色で塗った方がいいに決まっている。
そうやって続いていく毎日を、カラフルに彩ることができれば、もっと楽しく生きていけるはずだ。

そして色が塗れるのは、誕生日のような象徴的な日だけではない。自らの手で特別な日を作ってもいい。
「付き合って~ヵ月記念日」みたいなお祝いを何回もやっているカップルを、今までは白い目で見ていた。
だけど見方を変えれば、彼らは「何でもない日」を「特別な日」に塗り変えるのが上手いとも言える。そう考えると、日々を楽しむのが僕より上手なのかもしれない。

さらに言えば、誰かにとっての特別な日を、自分にとっての特別な日だと思えたのなら、僕らの日々はより彩り豊かになるだろう。
そして何より、自分にとっての特別な日を、誰かが同じくらいの温度感で楽しんでくれるのはとても嬉しいことだ。子供の頃の誕生日を思い返して、強くそう思った。

お互いがハッピーになるのなら、やらない手はないじゃないか。なんだかすごく、誰かの誕生日を盛大に祝いたくなってきた。

いや、その前にまずは自分の誕生日を楽しまないと。
普段は食べないような、贅沢なランチでも食べに行こうかな。何か欲しいものを、思い切って買っちゃおうかな。
そんなことを思っていたら、ワクワクとしてきた。

1/365に過ぎないだなんて、冷めたことを言っている場合じゃない。
何色に塗ろうが僕の自由なのだから、楽しまないともったいないだろう?

ほら。
24歳になる日はもう、すぐそこだ。

 
 
 
 

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2019-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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