教養本を読んでみたら、『古畑任三郎』が頭から離れなくなった
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記事:うえたゆみ(ライティング・ゼミ土曜コース)
私は文章が好きだ。ジャンル関係なく、「面白い」と感じた内容であれば何でも読む。文章の世界に入り込むと、現実が飛んでいってしまう。私の最高立ち読み連続時間は、12時間である。開店と同時に入り、閉店と同時に退出した。追い出されなかったのが、今でも不思議である。退出時に数冊、書籍を購入したのは言うまでもない。
そんな活字中毒者だが、体調悪化で本をまったく読めない時期があった。私にとっては、拷問に等しい時間だった。ネット小説や記事を読むことで精神を保っていたが、1日が1年に感じる日々だった。そんな状態だからこそ”読みたい本リスト”は際限なく増えていった。本が読めなかった5年間で、購入予定リストは500冊を軽く超えた。
そんなリストの中で、常に1番上にあった本がある。2016年9月に発売された『サピエンス全史』だ。私たち人類の現代までの歩みを、あらゆる視点で見つめ直すビジネス書だ。発売当初から、ネットでも絶賛されていた。紹介文を読んだだけでも、面白さが伝わった。
だが、当時の私には読む体力がなかった。どれだけ気になっても、手にとることも出来ない。『サピエンス全史』の評価は年々、下がるどころか上がり続けた。「なんで、私は動けないんだ!」とイライラした。気分はお預け中のワンコであった。
そんな我慢の時を乗り越え2019年1月、『サピエンス全史』が手元に届いた。その時の私の顔は、クリスマスプレゼントを貰った子供のような表情だったらしい。家族に「ニヤニヤして気持ち悪い」と言われた。
読めない間に本の煽り文句が変わっていた。“新しい教養書”なのに2017年ビジネス書大賞を受賞、なんという矛盾だ。だが、納得した。ビジネス書というには、イメージが違いすぎる。
表紙がまずおかしい。ビジネス書は、シンプルなものが多い。「ビジネスに無駄は必要ない」と言わんばかりに、文字だけの表紙が多い。ところが『サピエンス全史』は芸術書のように不思議なイラストが、表紙の8割を締めている。しかも情報量が墨のごとく濃い。
数字とローマ数字
ギリシャ神話と北欧神話
一神教と多神教
読者の教養レベルを問いかけるような、人類の歴史で重要なポイントをあふれんばかりに詰め込んでいる。意味がわからない図もたくさんあった。未熟さを表紙で突きつけてくるとは、なんて恐ろしい本だろう。
目次にも圧倒された。あまりにも範囲が広い。本の帯に教養と書いてあった理由がわかった。扱うジャンルが宇宙のごとく広大すぎて、ひとつの分野では収まりきらない。宣伝担当の苦悩が目に浮かぶようだ。
肝心の中身だが、人類の軌跡だけでなく近年の科学研究の進歩も教えてくれる本だった。文章も読みやすく、実例やイラストが理解を後押ししてくれる。確かにこれを読めば、ビジネスの場で恥ずかしくない教養は身につきそうだ。
だが読み終えた私には、教養を学ぶ始まりにしか思えなかった。文章を読むだけならば、中学生でも読めるだろう。社会人であれば、雑談ができる教養は身につくだろう。だが「著者が言いたいことはなにか?」を知ろうとすると、この本だけではわからない。触れられている歴史や科学的知識、思想や芸術への理解がなければ、著者のメッセージを正確には受け取れない。
あるドラマを不意に思い出した。
この本は『古畑任三郎』パターンだ。
ドラマ『古畑任三郎』は異色の推理ドラマだった。開始5分で最大の謎、犯人がわかる。普通の推理ドラマなら、犯人がわかった時点でチャンネルを変えられてしまう。それなのに『古畑任三郎』は大人気のドラマになった。なぜなら、犯人以上にトリックや動機が気になるからだ。それを知りたいから、視聴者は最後まで観た。
『サピエンス全史』も同じだ。今の現実こそが『サピエンス全史』の答えそのものだ。「人類が生き残れた」というアンサーは眼の前にある。だが「なぜ人類が現代まで生き残ったか?」、そして「これからも人類は生き延びることができるか?」という問いの答えはみえない。この2つの謎に惹きつけられた人が『サピエンス全史』を読みこむ。熟読のために、関連する分野も学びだす。
『サピエンス全史』は1回読んで終わりの本ではない。1回読むだけでもある程度の知識が入るが、議論できるレベルには遠い。真の教養を身につけたければ、何度も何度も繰り返し読むしかない。楽ではないが、それだけの時間をかける価値がある本だ。
出会うのは遅くなってしまったが、『サピエンス全史』はずっと側にいてほしい本だった。多くの人が高く評価していたのも、納得だ。私の蔵書リストの永久欠番に決定である。今の悩みは『サピエンス全史』を読む2回目の旅に出るか、続編の『ホモ・デウス』を先に読むかである。首をひねる私に、家族が言った。
「またニヤニヤしてる」
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