あの街にはもう住みたくない。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:秋良(ライティング・ゼミGW特講)
きったない街だな。
その街へ続く駅に降り立ったとき、最初に抱いたのは嫌悪感だった。
長い受験生活を経て、憧れの大学に合格。
初めての一人暮らし生活に胸を踊らせている私にとって、その街は完全に期待はずれだった。
ぼろぼろのロータリーに、消費者金融の看板のかかったビル。
オシャレとは言いがたい居酒屋のネオンが、街中を彩っている。
おまけに、なんだかキムチのようなすっぱい匂いが漂っている気がする……。
「東京一人暮らし」に憧れを抱く私には、(悪い意味で)カルチャーショックが大きかった。
こんなとこには絶対住みたくない。
直感的にそう思ったにも関わらず、大学からの利便性により、人生初の一人暮らしはその街からスタート。
そして学生の間ずっと、私の生活の中心はその街となったのだった。
その街は、数万の学生を抱えるマンモス大学を中心として、駅から駅へ長く広がっていた。
いわゆる学生街であったからか、実際に住んでみると、その街にはおかしなところがたくさんあった。
まず、ごはんの量が多すぎる。
食べ盛りの成人男子(この街にたくさん住んでいる学生タイプ)のためか、1000円も支払うと、これでもか!というくらいの量が出てくる。
さらに、お客とお店の人の距離が近くて、何度か通うと何となく顔見知りの関係になる。
「お、また来てくれたの?」
なんて会話がされた日には、お皿の中におまけのフライがそっと足されてたりする。
こんなに食べたら、太っちゃいますよ!
照れ隠しにぼやきながら、さくさくのフライを口いっぱいにほおばる。
客一人ひとりと向き合って作られたご飯は、まるで実家でお母さんが作ってくれる料理のように美味しくて、ついつい自炊から遠のいてしまった。
そして、街のひとが優しすぎる。
その街の大学には、勉学だけでなく、それ以外の課外活動に打ち込む学生がとても多かった。
その結果、大学祭やスポーツのシーズンには、街中に大学カラーの応援旗やら何やらが所狭しと装飾される。しかも、街中で関係者が大荷物を抱えて走り回っていたり、大音量で楽器の練習をしていたりする。
育ってきた地元では、あり得ない光景だった。さぞかし冷ややかな視線で見られていることだろう……と思っていたら、そんなことはなく。
「応援してるからね!」
街に住むお年寄りの方が、学生へ激励の言葉を飛ばし、実際のイベントや試合に足を運んで学生以上に熱く応援してくれる。
学生達もその環境には心から感謝していて、様々なタイミングで地域の催し毎の手伝いや街の清掃ボランティアなどに積極的に関わっていた。
その結果、街に長く住んでいる方々と通学のために引っ越してきた若者とが、目に見えない信頼関係で結ばれているようだった。
さらに、お酒の消費量が多すぎる。(これは街というより住んでいる学生の特性かも知れない)
仕送りなしで、学費や生活費を自分で稼ぐ学生も多かったため、「どれだけ安く酔えるか」が勝負。
名物お母さんのいる居酒屋で焼き鳥を食べながら、ピッチャーに入った破格のぶどうサワーを回し飲み。
業務用スーパーで、謎のメーカーの発泡酒やら日本酒大瓶やらをがっつり買い込み、誰かの家でぎゅうぎゅう詰めになりながら酒盛り。
数リットルのプラスチックの入れ物に入った焼酎なんて、後にも先にもこの時にしか見たことがない。
そんな風にお酒を飲んでいると、より一層酔いが回るのか、酒席では自分が打ち込んでいることに対する熱い話になることが多かった。
幹事長をつとめるサークルの話。
少しづつ仕事を任されるようになったバイトの話。
そして、将来の夢の話。
「俺は、総理大臣になって日本を変えるんだ!」
「めちゃくちゃモテるために、社長になりたい」
「ハリウッドで映画化されるような漫画家になりたいんだよね」
「その前にお前卒業できんのか?! 人生なめんなよ!」
誰かが突っ込み、みんなでドッと爆笑する。
でも誰かが煮詰まっている時は、どうやったら実現出来るのか、をその場にいる全員が考え、明け方まで議論する。
時には熱が入りすぎて、本気の大げんかになることもあった。
でも驚いたことに、誰も、誰かの夢に対して「そんなの無理だ」とは言わないのだ。
私のように、理想の自分と現実の狭間で苦しむ人間にも、誰にでも居場所があって、受け止めてくれる場があった。
おそらく、過去からずっと続くその街の空気を知った上で、その空気が好きでそこに住み続ける人が多かったのだろう。
そして、そんな街に魅了されて、ずっとこの空気を味わい続けたくて、遠くから引っ越してくる若者も多かった。
街全体に漂う優しさ、懐の深さは、そんな住民一人ひとりの気持ちから生まれていたに違いない。
そんな思い出が詰まった街だったが、社会人になるタイミングで、私はすぐに慣れ親しんだ部屋を引き払った。
熱帯夜の空気のような、肌にまとわりつく学生特有の熱気。
無邪気に夢を語ることが許される、自由で優しい空間。
いつまでもあそこにいたら、きっと何か辛いことがあったときに
「あの頃は楽しかったね」と過去を振り返り続けてしまう。
この街で夢へ向かうエネルギーはたくさんもらったから、今度はそれを自分が発信する番だ。
そう、考えたからだ。
大人になってから、かつて同じ街で過ごした同士とたまに出会うことがある。
「いやぁ〜ほんとひどい街ですよね。あんなとこ他にないですよ」
彼らと私は共犯者めいた微笑みを浮かべ、どこか誇らしげに語り合う。
あんなに抜け出せなくなる街には、もう二度と住みたくない。
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