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メディアグランプリ

猫は幻


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐藤祥子(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
ミーコが死んだ。
たいそう美しい金色の目をした猫だった。
十二年前に死んだ祖父の忘れ形見の猫だった。
私は猫が嫌いだった。
 
それなのに、かけがえのない存在になるのに時間はかからなかった。
家に連れて帰ると、まるでもう何年もここにいたかのように存在していた。
寒い日は膝に乗り、暑い日は近寄りもしない。眠い時はどれだけ起こしても起きないのに、たとえ夜中でもお腹が空けば人を起こしエサを催促した。気分の良い日は顔を擦り寄せ、柔らかい毛を撫でることを許した。
いつからか私は彼女の下僕となり、ひたすらに愛を注いだ。
 
ミーコが死んだ。
行儀の良い猫だった。
彼女らしいあっけない最期だった。
 
それから一つの季節を越え、彼女を思い出す日が少なくなった頃、住宅街にあるもうやっていないであろうたばこ屋の前で、じっとこちらを見つめる視線に気がついた。
それは、息を呑むほどに透き通る、まるでサファイアのような青い目をした猫だった。
生後半年くらいだろうか。まだ幼さが残るが、均整のとれた顔立ちをしている。
 
「どこから来たの? おうちはあるの? ちゃんとおうちに帰るんだよ。車が来るから気をつけて」
青い目は微動たりせずに私を見ている。
 
もう二度と猫は飼わないと心に誓っていたのに、私の心を揺るがすのに十分だった。
どうしよう……困ったな……
用事があるので歩き出そうとしたが、3歩ほど歩いたところで引き返した。
そのほんのすこしの間に青い目はいなくなってしまった。
 
風呂に湯を張りながら、青い目のことを考えていた。
ピンク色のマシュマロのような肉球をしているであろうことを。柔らかい毛に包まれて眠りについたらどれだけ素晴らしいかを。涼しい鼻息をそっと嗅いでみたいとも思っていた。想像に思いを馳せていると、湯が溢れて慌てて蛇口を閉じた。
 
温かい湯に浸かると、外が季節外れに寒かったことを知った。
地面を濡らす雨音に気がつく。
あの青い目は寒い思いをしていないだろうか。お腹を空かせてはいないだろうか。温かい寝床はあるだろうか。暗い夜道を寂しく歩いてはいないだろうか。
 
青い目のことが頭から離れないが、次の日は仕事だった。
もしかしたら、青い目のことを飼い主が探しているかもしれない。インターネットで、迷い猫の掲示板を検索する。
茶色のキジ猫が逃げ出してしまいました。
ハチワレの10歳の子が帰ってきません。
三毛のメスが掃除中に脱走してしまいました。
いない。青い目を探している人はいない。なぜかほっとしていた。
猫は飼わないと誓っていたのに。
 
友人に青い目のことを話してみる。
美しいサファイアのような目をしていたことを。まだ子猫だったことを。私が話しかけてもずっと話を聞いていたことを。ちょっとした隙にいなくなってしまったことを。
 
「その猫、幻だったんじゃない?」
友人は笑った。
「本当だよ。見たもん。お話ししたもん。私のことずっと見てた」
「じゃあ、もう一回会えたら運命だね」
「やっぱりそう思う?」
 
友人も猫を飼っていたことがある。亡くなってずいぶん経つが、お互いの猫のことを昨日のことのように話す。
友人の飼っていたなんちゃんという猫は、家と外を自由に行き来していた。
近くの魚屋さんに行くのが日課で、いつかの年の暮れに荒巻鮭に飛びついてしまい、魚屋さんが荒巻鮭を持って家を訪ねてきたそうで、平謝りをしてそれを買い取ったという話や、朝起きるのが遅いと鼻を噛んで起こされる話をしてはよく笑っていた。
そして、昨日死んだかのようにあの子はいい猫だったと泣いていた。
 
「明日探しに行こうよ。青い目の子。会ってみたい。虫とり網を持って行こうか。見つけたらすぐに捕まえないと、また逃げちゃうよ」
友人は思わぬ提案をした。
 
「まさか、お話しして仲良くなって抱っこしようなんて思っていないよね」
「思ってた」
「だめだよ。それでいなくなっちゃったんだから。こうやって網で捕まえるから、すぐ袋を広げて。すっと」
「こうね」
私以上に張り切りだした姿が滑稽で、何度も二人で笑った。
 
「でもさ、見つけたら飼えるの?」
「飼えないよね。仕事忙しいし、出張多いし、留守番ばっかりさせてしまう。寂しい思いをさせるのはかわいそうだから、二度と飼いたくないって思ってた」
「わかった。もし見つけたら一緒に面倒見るから。ご飯もあげに行くし、出張の時は預かるよ。明日探しに行こう」
 
青い目は、見つかるか分からない。見つからなくてもいいと思っている。
もしかしたら本当に幻だったのかもしれない。
 
私は、青い目の猫にミーコの面影を見ていた。
ミーコが生きている時、忙しさを言い訳に十分に構ってあげられなかった。寂しい思いをたくさんさせてしまった。死に目にも会えなかった。
もし生きていれば、好きだったご飯をたくさん食べさせて、好きだったソファで一緒に昼寝をして、あの柔らかい毛をいつまでも撫でていたかった。
ミーコが許してくれるなら……
もう一度……
今にも雨が降りそうな空を見上げて、ミーコのことを思った。
 
私は猫が嫌いだったのに。
猫の柔らかい毛を、意志の強さを、愛の深さを知ってしまった。
自分の中の何かに優しく触れた。
きっといつかまた飼ってしまうことになるだろう。
 
 
 
 
***
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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