虫が知らせた「共助の精神」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:藤原 幸生((ライティング・ゼミGW特講コース)
大型連休も終盤を迎えていた土曜日の夜22:00のことだった。
僕は,天狼院書店京都でのライティング講座を終え,松屋にトラップされた後に,阪急京都線河原町駅で梅田行きの折り返し電車に乗り込んだ。
講座の内容とご一緒したメンバー,書店スタッフ,そして,1.5盛りのカレーに,頭も気持ちも,お腹も満たされていた。4人掛けシートの窓際に腰掛け,ふーっと細く長くひと息ついた時だった。
「乗客のみなさまにご連絡申し上げます。淡路,上新庄駅間で人身事故が発生したとの情報のため,京都線は全線運転を見合わせております。お急ぎのところ,ご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。」
「安全確認がとれるだけでも,結構な時間がかかるだろうなぁ」と,ぼんやりスマホを眺めていた。
「クツ,クツに虫が……」
はす向かいの女性が僕のクツを指さしながら,注意を喚起してくれた。先ほどから,車内に飛び込んできた虫を,4人掛けシートに乗り合わせた僕を除く女性3人が協力して,追い払おうとしていた。
「あ,ほんとだ。虫がクツの上にいますね」
驚いたように虫を振り払おうとも思ったが,足下へ少し視線を落としただけで,静かに応答した。「いやいや,虫のことよりも,この運転見合わせに対してどうするか? 考える方が先でしょ」と批難めいた感情がザワついた。
僕の右隣に座っていた外国人とおぼしき女性が,慌てて車内を飛び出した。虫を恐れて一番に逃げ出したわけではない。スマホを耳にあてている様子から,おそらく知人と連絡をとって,この運転見合わせの危機への初動をとったのであろう。
こうして,4人掛けシートにすわったオリジナルメンバーから,ひとりの離席者がでた。
正面の小柄な女性が,スマホで親しげに話しだした。
「人身事故でね,阪急がとまっちゃったの。烏丸まで歩いて,地下鉄でJRまで行こうかな。長岡天神まで,車で迎えに来てもらえると嬉しいんだけど」
輝いた目で口元の広角があがっている。電話の相手は,彼氏だったのだろうか。ディールは成立したようで,すっと席を立ち去った。
オリジナルメンバーから残っているのは,虫のことを知らせてくれた女性と僕だけになった。あいかわらず満席の車内,空いた席には新しい乗客が座っている。
このまま,車内に座って待つか,あるいは,外に出てみるか
ノートにメモしたところで立ち上がり,改札を抜けて,市バスに乗り込んだ。早くても1時間はかかるはずだから,JR駅に向かった方がいいと判断した。
乗り込んだ市バスの中は,外国人観光客ばかりで,理解できない言語が騒がしく飛び交っている。意味の分からない甲高い声にイラつきながら,窓の外をみると,歩いているほとんどの人が外国人だった。京都は,日本人だけのものではないのだ。古くからこの町をつくりあげてきた京都人ならまだしも,ただの通行人に過ぎない僕が,イラつくというのは傲慢でしかなかった。
目的地のJR京都駅が近づく。この市バス代230円は,阪急電鉄が負担してくれたのだったろうか? と確認不足のまま慌ててバスに乗り込んだことを少し後悔した。目的地に到着し,すっかり平常に戻った。
災害や事故に巻き込まれたときには,初動が大切だ。
2007年のサンディエゴで起きた大規模な山火事に際して,避難勧告が出されていたにもかかわらず,初動が遅れた。避難に適したホテルはどこも満室で,たまたま妻の知り合いにつながり,ホテルの一室に間借りさせてもらうことが出来た。後から知ったのだが,古くから駐在経験のある現地法人の責任者は,会社のことなどかまわず,真っ先にロサンゼルスまで避難していたのだという。米国では個人主義が徹底している。
2011年,東京で東北大震災を経験した時には,先の経験があったにもかかわらず,会社からの指示を優先し,家族の安否を確認するのが遅れてしまった。この時,素早く行動できたのは,阪神淡路大震災の被災経験者だった。躊躇せずタクシーを捕まえ,自宅に戻ったという。交通規制が張られる前に動く。混乱する前に自分で判断して行動するのだ。
そうした単独行動は,地震に際してのマニュアルに反するのかもしれない。耐震性があり保存食を備えたビルに留まる方が,安全であろう。しかし,もっとも守るべき家族のことはどうであろう? 会社が適切な指示が出来るのだろうか? 指示待ちで,結果,多くの方が帰宅難民となった。
二度の災害経験を通して,日常の中に非日常を意識するようなった。通勤にはバックパックとレザースニーカーを利用している。そうして,昨夏の地震においても,今回の運行見合わせという小さな出来事においても,自分で判断し行動することができたのだった。
ただ,それだけ,自分の身は自分で守るという「自助」の精神だけで,良かったのだろうか?
あの後,虫のことを知らせてくれた女性は,どうしただろう? ひとりだけ残った彼女のことが気になった。
阪急電鉄ホームページ「現在の運行状況」を調べた。その情報通りであれば,車内で1時間以上待っていたのだろう。それくらいであれば,たいしたことではない。座っていたのだし。僕が気にするようなことでもないだろう。
ただ,もし,あの時に違った応答ができていたらとも思う。
「あ,ほんまや,虫や。これがほんまの,虫の知らせやね」
つまらなくても,そんなひとことを添えて暖かく返していれば,そこから会話が生まれ,居合わせた人達が,それぞれの状況や情報を交換して,お互いに助け合ったかもしれないのだ。
日本は,海外からの旅行者や一人暮らしの高齢者が,今後ますます増えていく。周囲のコミュニティでお互いに助け合う「共助」が必要であろう。公の組織や国といった「公助」を待っていられない。
小さなことでかまわない。
日常的に,共助の精神をもった行動を心がけてみる。例えば,車内に飛び込んできた虫を追い払うために,4人掛けシートに乗り合わせたほかの3人とともに,一緒に協力すればいい。
「共助の精神」を日常的にどう実践していくか?
虫が知らせてくれた次の課題である。
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