空っぽな私を変えたもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:吉田倭子(ライティング・ゼミ日曜コース)
その当時、30代半ばにもなって、結婚の見込みもなく、特段の趣味もなく、仕事では「係長」 という役職に付き部下を持っていても、リーダーシップを取り仕事を進めていく力も自信も欠けている自分の存在と行き所のない心を持て余していた。現状の自分から垣間みえる未来の姿に不安を覚え、けれども社会に出て10年以上経ってもなにも得られていない空っぽな自分に何ができるのかと途方に暮れていた。どうやったら現状を変えられるのも分からず、漠然とした不安と焦りを抱えながら仕事と家の往復を重ねる日々を過ごしていた。せめて、休みの日に何か始めようと探して出会ったのがその教室だった。
その教室ではお菓子とお料理を習うことができた。説明を受けたとき、全く経験がなくても構わない。包丁で皮むきが出来なければピーラーで剥けばいいと言われ、何も出来ない自分でも許されるような気がした。正直、教室での人付き合いもあまり自信がなかったけれど駄目なら辞めればいい、そう思いながら空きのあったお料理の教室に通い始めた。
お料理教室では、和食や洋食、エスニック料理など、色んな国の料理のフルコースメニューを作った。クラスのメンバーの年齢層が幅広く、教室に通い始めてから5年、10年と経験の長い方も多かったけれど、私のような新参者も温かく受け入れて下さった。私の料理は、まずかろうと美味しかろうと自分で食べられればいい程度だったから、教室で作るときは、先輩方にアドバイスやフォローをして頂いた。
すべての料理が終わると作ったものをみんなで席を囲んで食事をする。出来上がったお料理は美味しいけれど、通い始めの頃は、上手くコミュニケーションをとらないといけないと思い、身構える時間だった。先生は、みんなの会話が弾むように「お花見には行きましたか?」 とか、「夏休みは何をしていましたか?」 とか、お題を出してみんなが会話に参加できるように気を使っていらっしゃって、私はいつもそのお題に応える程度だった。
けれど、しばらく通ううち、髪を切れば「あら、髪型かえたの? 似合う似合う」 とか、仕事の忙しさにお休みが続いて久しぶりに教室に行けば「久しぶりだねぇ。仕事忙しいの?無理しないでね」 などと声をかけられ、なんだかそのままの自分がいつの間にか受け入れられているような気がした。
そのうち、お菓子教室の新しいクラスを作るからと先生に誘われ、お菓子も習い始めた。
お菓子教室は、基本から順序だてて教わることになっていて全員が似たり寄ったりの腕前の中、一からお菓子作りを教わった。お菓子はお料理とは違って失敗率が高かった。失敗したときは、先生はいつも家で失敗したときの良い見本になるといって、そこからの立て直し方を教えて下さった。失敗をしても取り返しはつくのだと教えてもらっているように感じた。クリームがはみ出ないように慎重に詰めたシュークリームは思わぬところからクリームがはみ出ることがあったし、パイ生地が粉を打ちすぎてカチカチに硬くなることもあった。失敗したり、思いの他簡単にできたり、みんなで一喜一憂しながら、失敗ごと楽しんでつくった。
お料理もお菓子も、学校の調理実習のように一緒に作り、最後に作ったものをみんなで美味しい美味しいといいながら食べた。そうして食べるものは、自分の苦手な食べ物でさえ美味しく感じた。
いつの間にか、教室で過ごす時間は、和やかで暖かで穏やかで、私の中の不安や焦りを和らげてくれるようになった。
私にとって、砂漠の中で運よく出会えたオアシスのような場所だったのだと思う。オアシスの水がカラカラに乾いた体を潤すように、焦りもがき固くなった私の心は、そこに満ちるなにかに少しずつ癒された。気が付くと、空っぽのように感じていた自分の中に満たされるものを感じるようになった。不安がないわけではないし、焦りがないわけではない。けれども、私なりに出来ることはあると思えるようになった。
美味しいは笑顔をつくる。と、その教室の先生はいう。美味しいものには作る人の心がこもっている。その心は食べる人に伝わって笑顔を生む。と。
教室のみんなと一緒に過ごす時間は、いつもやさしさや思いやりに溢れ、その真ん中には、心を込めて作った料理やお菓子があった。そこで過ごす間、私は知らぬ間にたくさんのものを受け取っていたのだと思う。そして、みんなと一緒にお料理とお菓子をつくることで、私の中にも同じようにそれがあるのだと思えるようになった。
知識や経験が増えた訳ではない、リーダーシップが取れるようになった訳でもない、相変わらず自信だってないけれど、今の自分で、そのままでいいと思える。
空っぽなんかじゃない。
相手を思いやり、大切にしようとするそんな優しい心や思いは、ちゃんと私のなかにも有るのだから。
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