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メディアグランプリ

スペインで所持金4ユーロになった話


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小石健仁(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「ない!」
遠い異国の地スペインはバルセロナで僕は思わずそう叫んだ。
すぐさま乗ってきたバスのサービスセンターに駆け込んで拙い英語でこう訴えた。
「マドリードからここに来たバスの中で財布を取られた!今すぐ探してくれ!」
「……見つからないわ」
サービスセンターのいかにも仕方なく働いてやっているという雰囲気の女は携帯から僕の方に気だるそうに目を移すと一言、探そうともせずにそう言った。
「あの財布は僕の命なんだ!あれがないと僕はもう生きていけない!」
財布を取られた僕の所持金はいつか財布にしまうのが面倒くさくてポケットにつっこんだ4ユーロだけだった。
「4ユーロあったって1食だってまともに食べられやしない……」
頭に浮かぶ言葉がそのまま口をついて出て、消えていった。
 
残されたお金に対して僕の帰国便は3週間以上先だった。絶望とはこの状況そのものだった。
 
音のない空間に彼女が携帯のフリック音だけが響いていた。
 
その女はその場に立ち尽くす僕を見て同情したのか、それとも何かしてやらないとこの男は立ち去らないと思ったのか、どこかへ電話をした。電話の向こうとわけのわからない言葉がしばし交わされた。
 
知らない場所で知らない人の知らない言葉がもはや乞食に成り下がった僕の耳をただひたすら通り抜けていく。そういう時間は「惨め」と言う外なかった。僕はお金が恵まれるのを祈ることしかできなかったのだ。
 
数分後、その女は再び僕の方を見て聞いたことのある言葉を繰り返した。
「見つからないわ。そこにある警察に行きなさい」
僕がさらなる訴えを起こす間もなく、彼女の意識はフェイスブックに帰っていった。
 
半ば諦めに入った僕は彼女が指した交番に重い足を向けた。
 
交番に入ると、人がたくさんいた。警官の1人が僕のところに来て僕の要件を聞くや否や英語で
「今は忙しいし、英語の通訳の人も今日は休みだから今度にしてくれないか」と言った。
 
「あぁ、そうか」
僕はもうどうでもいいやとすら思っていた。英語くらいお前も話せているじゃないかなんて反論する気にもなれなかった。
 
途方にくれた僕は警察を出てどことはなしに歩き出したが、すぐに座り込んだ。なんとはなしにツイッターに僕の身に起こった惨事を書き綴った。
 
これからどうやって生き延びたらいいのか、ほんとうにわからなかった。時間が経てば解決するわけでもないのに何もできずにただただ道端に座り込んでいた。
 
希望を持てずにただ道端に座り込みやっていることまでも乞食そのものだった。
 
側から見ていて理解できなくても自分がその状況になると途端にスッと腑に落ちるものである。まさにその感覚だった。世界を旅するとよく目にする乞食。僕は今まで彼らに対してなぜ働かないのかという疑問しかなかった。しかし実際はただどうすることもできないから彼らはそこに座っていたのだ。それ以外に理由はなかった。
 
どれくらい時間がたった時だっただろうか、携帯が鳴った。それはどうしていいかわからない真っ暗闇のなかにいた僕にとって突如現れた一筋の光になった。いや、僕の周りを完全に照らしてくれた太陽と言った方が正確かもしれない。
 
それは友人の1人からの連絡で、彼は偶然にも今バルセロナにいると言うのだ。先ほどのツイートを見て連絡してくれたらしい。僕は助かるかもしれないと思った。彼の神々しい笑顔が僕の頭に浮かんだ。
 
僕の顔にも同じく笑顔が浮かんでいたに違いない。
 
希望というのはスマホだ。それがあると色々なことができるようになるが、失った途端今度は今まで普通にできていたことすらまともにできなくなってしまったりする。
 
僕は元気を取り戻し、彼との約束をできるだけ早く取り付けた。待ち合わせ場所まではなけなしの4ユーロのうち2ユーロを快く使って移動し僕らは感動の再会を果たした。
 
彼は僕に当面生きていけるだけのお金を貸してくれた。僕をこの窮地から救ってくれた彼の笑顔は僕の頭に浮かんだ通りやはり神々しく見えた。
 
2日後、僕はパリにいた。
 
彼との再会後、高校時代の友人がパリにいるから来るなら助けてあげられるとの連絡をくれたのだ。
 
財布が盗まれてしまったらもう予定なんてあったものではなかった。迷うまでもなくバルセロナでの滞在を諦めて、なぜかバスや電車よりも安かったパリ行きの航空券を確保して僕はパリへ飛んだ。
 
そこで再会した友人もまた神々しく見えた。
 
神の存在の是非については議論があるがあの時の僕にとって彼らは間違いなく僕の人生を大きく左右した「神」だった。
 
彼は僕が残りの旅を全うするには余りあるほどのお金を貸してくれて、彼らのおかげで僕はそこからも旅を継続して、ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマーク、イギリスを訪れることができた。
 
無一文はアドベンチャーだ。生きるのに必死だ。日本にいてはなかなか味わえない必死に生きるという感覚を知れたのはなかなか悪くない経験だったと言えるのは今だからか……
 
 
 
 
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2019-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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