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父の運手免許返納への道


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事: 三上弘恵(ライティング・ゼミ火曜コース)
 
 
「お父さん、70歳も過ぎたよね、いつまで車の運転をするの? やめることも考えないとね」
 
「車がないと不便だから、今度の更新は受けるよ」
 
70歳を過ぎたころから、父と運転について話してきた。
 
今、高齢者の運転事故のニュースをよく目にする。
 
悲惨な事故の写真や映像を目にすると痛々しく、被害にあわれた方はやりきれない気持ちだろう。
また、加害者となった高齢の方に対しては、「もっと早く返納できたら良かったのに」と、腹立たしさと
共に悲しい気持ちになる。
 
しかし、ただ単純に、「何歳になったら返納しましょう」と言えない現実がある。
 
田舎は公共の交通機関が充実してない。それは、人口が減って、採算がとれないから。
両親が住んでいる山口県柳井市に海岸線を走るバスがある。このバスは1時間に1本もない。一日6本、土日は3本と半減するのだ。近所にスーパーも病院もなく町まで行かなくてはならない。バス代も往復800円と高く、そうなると車で行くしかない。タクシーを毎回使うとお金もかかるので
マイカーは手放せない。
 
ご多分に漏れず、父も歩くより車の方が便利で、すでに自分の足になっていた。
私が車で10分ほどの柳井駅まで送迎を頼んだ時、ブレーキのタイミングが遅い。スピードは出さないけれど、交差点や右折左折の時の減速するブレーキが急ブレーキとなり、強くて車がカクカク上下に振動する。あまり頻繁だと車酔いしそうになるくらいだ。
 
それでも本人に自覚はあったのか、なるべく夜は運転しないようにしていた。
人が歩くのは少ないけれど、街灯が少なく、イタチなど小動物が道を横切り、はっとする場面もあった。
 
父は75歳になった。いつまで運転するのだろうか? 頭はしっかりしているけど、人にケガさせたり
殺めたりしたら取り返しがつかない。
 
「もう車の運転、危ないんじゃないの? 事故でも起こしたら心配だからそろそろやめない?」と言うと、
 
「ゆっくり運転するから大丈夫、ここでは車がなければ困るんだよ。町に住んでる人には分からないだろうけど、病院にも買い物にも行かれないと暮らしていけない」
 
「ホントに安全運転でね、絶対無理しないでよー」
 
再び同じ会話が続いて、3年が経過した。
 
田舎道を走っている車で、極端に遅い車に遭遇することがある。
時速50㎞のところを、40㎞で走る。制限速度以下で走られると、以前はイライラして
「早く行けよ」
と思っていたけれど、自分の父も同じようかも知れないと思い、少しは待てるようになった。
 
「しょうがないな~。ゆっくり走りますか」
 
そして、運転している人を見て
「すごい年を取ったお爺ちゃん」とか、「あ~こんなおばあちゃんが運転している」
とビックリして、年配の車とは車間距離をとるようにしていた。
 
2013年のお正月も両親と過ごした。父に来た年賀状の返事を書く準備をしていた時、父にハガキを
渡し、宛名はこれよと示した。
 
そうすると、父の動きが止まっている。
 
字が書けない!
 
私は何が起こっているのか一瞬分からなくなった。
 
ハガキの住所を見て写すだけなのに書けていない。
そして、「もしかして認知症かも?」思い、正月休みが終わってすぐに病院に行くことにした。
 
ここで問題がある。それは、父が無類の病院嫌いだということだ。そして、今まで散々、認知症の人のことを「あーはなりたくない」と言っていた。
 
自分では大丈夫だと思っているのに、「なぜ認知症の検査などするんだ」と、検査自体、到底受け入れられないだろう。
 
さて、どうやって病院に連れて行こうか?
私と妹、母の3人で作戦会議だ。
 
そして、父に切り出した。
 
「最近、お母さんは物忘れが酷いでしょ。物忘れ外来っていう病院があるから、そこで一度検査をしてもらったら良いと思うんだよね。お母さんひとりで行くのは不安だから、お父さんも一緒に行ってあげて。そして、せっかくだから、お父さんもついでに検査して、大丈夫なことを確認しておいたら安心で
しょう。私がまだいる間に行こうよ」
 
そう言って連れ出した。
 
病院に行って、「本当は父を見て欲しいけれど、ついでに母もということで、お願いしたい」と、看護師さんに状況を説明した。
 
こうやって、ようやく父を病院に連れて行き、脳の画像を撮ることができた。
 
画像診断の結果を、先生は父に話してくれた。
 
「お父さん、小さな脳梗塞の後がたくさんあります。お酒を飲んでいますか? お酒は控えた方が良いですよ。そして、脳の萎縮が見られます。車の運転も控えた方が良いです……」
 
という説明があった。
 
脳の画像を見せられ、医者からの提案を受けると、父も自分の状況を受け入れざるを得ない。
 
でも、すんなりとはいかない。
 
肉体的には、すぐに反応できない動体視力の低下、複数の情報を同時に処理できない認知能力や身体機能の衰え。ハンドル操作の遅れ、ブレーキを踏む力の弱まりを自覚してくる。そして、車のない生活が始まることを受け入れる心の準備、そう時間が必要なのだ。
 
そして翌月、父から、
 
「今年の免許更新の時に返納しようかと思う」
 
と言われた。
 
この時の私は、心の中で
「よっしゃー」
とガッツポーズした。父がようやくその気になってくれた。長かったけど無理やり止めさせたらまた乗るかもしれない、自分から言ってくれて良かった。
 
「そうよね。それが良いと思うよ。私も時々来て、買い物とか通院とか手伝うから」
 
そして、3月、一緒に警察へ行き、運転免許返納の手続きをした。
 
私は、心からほっとした。父が78歳の時だった。
車に乗るのを止める話を本格的にし始めて、3年後のことだった。
 
最近では、俳優の杉良太郎(74)さんが免許を自主返納したとニュースであった。
有名人が率先して行うと影響力もある。
 
それぞれの家庭で、免許返納への道があるのだろうと思う。
高齢者にとっても、残りの人生を無事故で安心して暮らして欲しいと願わずにはいられない。
 
 
 
 
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2019-06-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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