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メディアグランプリ

妻との旅行は出発前からはじまっている


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:村尾悦郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もういい加減にして! 悦郎くんは私のことなんてどうでもいいんでしょ!」
 
妻(この頃は彼女だった)の怒りが爆発した。これはまずい。マジのヤツだ。言い方を間違えると大変なことになる。
 
……彼女がここのところイライラしているのは分かっていた。分かっていたのだが、こっちもいらついていた。急激な彼女の噴火にビックリしたのも手伝い、僕は怒って反発してしまった。
 
「なんだよ! そっちだってなんにも決めてくれないじゃないか!」
 
―原因は、二人で行こうと予定していた温泉旅行のことだ。はじまりは、一ヵ月半ほど前にさかのぼる。
 
「ねえ悦郎くん、来月の連休、草津温泉に旅行に行かない?」
 
「え? ああ……いいよ~」
 
「……」
 
家族旅行以外にはほとんど旅行経験のなかった僕は、彼女に提案されてもあまりピンとこないまま「まあ、君が行きたいなら」ぐらいのテキトーな感覚でOKしてしまった(今考えると、まずこれがいけなかった)。
 
出不精でめんどくさがりな僕は「いいよ~」と言った後、中々動かない。移動手段、宿泊先、どこに行って何をして、何を食べるのか? 彼女から「ねぇねぇ、ここはどうかな?」と聞かれるまで、特に何をしようとするわけでもなく、提案待ちの状態だった。
 
「ねぇねぇ、このお店おいしそうじゃない?」
 
「ああ、いいね。じゃあそこで食べようか」
 
「……」
 
「ねぇねぇ、お風呂、こんなところあるみたいだよ?」
 
「おおすごいね。じゃあそこにも行こうか」
 
「……」
 
彼女が予定をあらかじめ立てるキチンとした性格なのは分かっていた。反対に、僕はそれを億劫に感じる性格で、「気分や予定が変わってもいいように」と、いつもギリギリになって詳細を決めるタイプだ。だからこそ、僕は彼女を尊重したつもりだった。予定を先に決めたい彼女からの提案をまず受け入れ、その後で思いついた自分のやりたいことを乗っけさせてもらおうと思っていたのだ。
 
しかし、一日、また一日と予定日が近づいていくにつれ、彼女のイライラは増していった。僕は僕でそんな彼女のいらだちを感じ取り、同じく機嫌を損ねていった。
 
「自分から行こうと言い出したくせに、細かい決定は僕にまかせて。それで不満そうにイライラしてる。ちょっとワガママじゃない?」
 
僕はそんな風に思いながら、彼女とのプチ冷戦を続けた。そうして旅行の三日前、彼女の怒りのボルテージはついに頂点に達する。
 
「ねぇ、お店やお風呂、どうするの?」
 
「え? この間君が言ってたじゃん。そこに行くんでしょ」
 
その瞬間、彼女の怒髪が天を突いた(ように見えた)。
 
「『行くんでしょ』!? もういい加減にして! 悦郎くんは私のことなんてどうでもいいんでしょ!」
 
突然の怒りに反発して僕も言い返す。
 
「なんだよ! そっちだってなんにも決めてくれないじゃないか!」
 
その後、冷静さを失った二人は、どうでもいいような口ゲンカの応酬を小1時間ほど続けた。彼女の「なにもしてくれない」に、僕の「そっちもなにもしないじゃん」が単語を、文法を変えて繰り返される(不毛だ……)。そうしてついに、彼女の「もう別れる!」という言葉に僕が怯み、沈黙が訪れる。
 
「……」
 
二人ともしばらく黙った後、ふてくされながら僕が投げかける
 
「君のことどうでもいいなんて思ってないよ。オレは行き当たりばったりで良くて、君は行きたいところがあるんでしょ? だったらまずそこに決めようよ」
 
「……そうじゃないよ」
 
「え? だって、『ここどうかな?』って言ってきたじゃん。行きたいんでしょ?」
 
「……違うの」
 
「何が違うんだよ?」
 
「……」
 
「黙ってたって分からないよ」
 
「……ああもう!」
何度か頭をブンブンと振って、堰を切ったように彼女がまくしたてる。
 
「旅行まで一ヵ月以上もあったんだよ? こうしよう、ああしようって、二人で話しながら楽しみに待ちたかったんだよ!? 分からない?」
 
「……え?」
 
一瞬、頭がフリーズした。僕にとって、その思考はあまりにも意識の外だったからだ。彼女が言った言葉を飲み込もうと、頭の中で何度も「楽しみに待ちたかった」というセリフをリピートさせる。
 
「え、え? なに? そんな?」
 
「そんなってなによ! ひどいよ」
 
「だってオレは、旅行ってあんまり経験ないし、君が行きたいところに行こうと思って」
 
「違うよ! どこに行くとかこれ食べたいとかを話し合ってさ、それが決まっても決まらなくても、その間中ずっと旅行のことで悦郎くんと楽しい気持ちになれるじゃん。私はそうしたかったんだよ!」
 
(……ああ! なるほど!)
 
険しい表情は崩さずに、心の中で僕は膝を打った。情けないことに、彼女の気持ちがやっと分かった。
 
「……じゃあ、どこに行くのを早く決めたいとかじゃなく、オレと一緒に旅行のことをいろいろ話したかったってこと?」
 
「あたり前じゃん! そこも旅行の楽しみのうちでしょ!」
 
「……あーごめん!」
 
あたり前かどうかは疑問だったが、この場合は自分が謝るべきだと納得し、謝った。彼女が楽しみにしていた旅行はとっくにはじまっていたのだ。僕はそれをブチ壊しにしていた。
 
「ごめんよ、その感覚ってオレには無くてさ……」
 
「知らないよもう!」
 
「あーもうごめんなさい! 許してください!」
 
その後、彼女が落ち着くまでひたすら謝った。
 
―そうして結局、バタバタと予定を決めてしまった草津への旅行だが、めちゃくちゃ楽しいものになった。思えば女の子と二人で行く旅行なんて初めてで、温泉街の風景、たくさんの温泉、おいしい料理が堪能できた。結婚を前に、本当に思い出に残る旅行になったと思う。
 
ただ、このケンカのことは「悦郎、女心が全然分かってない」話の代表格として、いまだに妻から持ち出される。
 
 
 
 
***
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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