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わっしょい! あなたも一言で世界を変えることができる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:緒方愛実(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「それでね、その子タクシーで来たのよ。バイトに! 」
 
うんざりする。
いつまでこの話を聞かないといけないんだろう?
 
その場にいるみんなはそう思っていた、たぶん。
アウトレット販売店のレジに並ぶ長蛇の列。見ず知らずの老若男女がズラリと立っている。かれこれもう40分。相変わらず、列はノロノロとカタツムリの歩く様なスピードでしか進まない。
イライラしていることもあり、みんなじっと辛抱強く無言で並んでいる。
私の真後ろのマダム二人以外は。
 
「その子お嬢様らしくてね、動きもトロイのよね。この間もね」
バイトの新人の子の話、姑の話、病院の話、棚に並んでいる商品の批評などとりとめのない話が止まらない。
「何これ、一万円もするわよ! こんな値段で買うわけないじゃない」
ならそのまま、そっとしておいてくれ。
その場にいるみんなはそう思っていた、はず。
静かで、張り詰めた空間、聞きたくない話。
みんなのストレスはピークである。
 
こういう時は、私の出番。
私は手ぬぐいをサッと取り出し、額に結ぶ。もちろん、イメージの中で。
おみこしは担ぐに限る。
 
「君たち、何で結婚しないの?」
サッと、親友の母親の顔が青ざめる。
5年前、親友の結婚式。ハレの日に、級友たちが駆けつけた。そんなおめでたい日。
私たちのテーブルにあいさつに来た、親友の父親が全速力で投げたデッドボールである。
テーブルについているのは大学の同級生、27歳。アラサー。
一番色々と焦っているお年頃。
昔から失言の多い父親だと、親友から聞いていたが。まさかここで暴投するとは。
先ほどまで笑顔で談笑していた、ドレスアップした親友たちの鮮やかに彩られた目があっという間に吊り上がる。
初夏の披露宴会場の室温が、あっという間に氷点下。
親友の母親が慌てて、旦那をいさめ、場を和ませようとするが、その言葉はすべって行く。言った本人は、どこ吹く風。
 
こういう時は、私の出番。
私は、サッと頭にねじり鉢巻き、法被を羽織って、ふんどしを引き締める。もちろん、頭の中で。
騒ぎ、いやお祭りが目の前で起こっている。しかも、そのおみこしは下手な担ぎ手の性で、傾いているではないか。
これでは、周囲の人も巻き込んでの大惨事になってしまう。
その時は、わっしょい! 一緒に担いで楽しいお祭りにするっきゃない!
 
「大丈夫ですよ! みんな美人揃いですし。結婚なんてしたい時にしますから。オリンピック開催までには何とかします!」
私の言葉にみんなが振り向く。わっと、笑いが起きる。
「なるほど、オリンピックね!」
「そうですよ! あ、そのスーツすてきですね」
それとなく話題のすり替えに成功。親友の両親も上機嫌。級友たちも化粧に筋を残さず済んだ。
「ほんと、いてくれて良かった。ありがとう助かった……」
結婚式の二次会の帰り、気配り屋の級友がゲッソリとした顔で私の隣に並ぶ。
別に、いつものことだから。
おどけた調子で肩をすくめ、私は笑った。
こうして、結婚式とお祭りは無事閉幕したのだった。
 
みんな悪い人ばかりじゃない。話してみたらわかるのだ。
ただ、場を繋ごうと口に出した言葉が少し毒を含んでしまっていることもある、ただそれだけ。
嫌な重い空気を、私は軽く笑って吹き飛ばしたい。
騒ぎではなく、楽しい盛り上がり“お祭り”にしてしまいたい。
できることなら、そこにいるみんなが笑顔ならなおのこと良い。
 
「あら、このストッキング安いわよ!」
後ろに並ぶマダムたちの標的が変わる。これはチャンスだ。
 
「ほう、そんなに安いんですか!? 私も見せていただいていいですか?」
私はひょっこりと、マダムの横に並ぶ。
マダムは一瞬、私を驚いた顔で見つめたが、パッと笑顔に変える。
「どうぞ、どうぞ!」
「わ、本当に安いですね!」
「そうなのよ、しかもブランドAよ!」
「それはお得ですね、それなら私、二パック買っちゃいます!」
「そんなに安いの?」
後ろから、別の女性が顔を出した。
私たちは、どうぞ、どうぞ、と女性が特売コーナーを見ることができるようにスペースを作る。
安い、私も買うわ! と、みんながじわじわと列を進行させつつ、順番にそのコーナーをのぞく。
むっつりと能面の様だった表情を笑顔に変えて。
 
これで、私はお役目御免!
ストッキングもカゴに入れた。
お祭り装束を、サッと脱いでしまう。もちろん、頭の中で。
私はそっと列の流れに身を任せる。
 
一歩外に出ると、色々な人に出会う。
どうしても、苦手な人、そりが合わない人もいる。
育った環境も、性格もみんな違うから、仕方がないこと。
言葉一つでケンカになってしまうこともある。
本人のまったく意識していない一言が、ささいなきっかけになって。
私もつい、カッと頭に血が上ってしまうこともある。
 
でも、どうせなら笑顔でいたくありませんか?
目の前には、傾いたおみこし。
危ないぞ! と罵声を浴びせる前に、ちょっとだけ一歩引いてまずは安全確認。
そして、頭の中で祭り装束にすっと着替える。
後は、担ぎ棒を肩に乗せて。
笑顔で元気に掛け声を。
わっしょい!
ケンカするよりも、みんなと笑顔でお祭りする方がきっと何倍も楽しいから。
 
あっという間にお会計が終わり、私はお店の外に出て、グッと背伸びをする。
 
お祭りの後に見る空はなんて、清々しいのだろう。
 
 
 
 
***
 
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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