メディアグランプリ

へなちょこドライバーの再出発


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
全身びしょ濡れになった、スーツ姿の夫が玄関から入ってきたとき、嫌な予感がした。稲妻が走った気がした。夫の怒りがつくり出す、稲妻が。
タオルを手渡しながら、そっと夫の顔をうかがうと……予感的中。そこには、眉間にシワを寄せた鬼の顔があった。
 
「お前の免許は、高速道路限定の免許なのかよ! それも、東北自動車道限定の!!」
雷が落ちた。まだ続く。
「今日みたいな大雨の中、タクシーなんて捕まらないんだよ。こんな時に車出せないんだったら、車なんか持ってる意味ないだろ!」
まだまだ、続く。
「いい加減、車の運転しろよ。いつまでも、田舎の高速しか走れない、へなちょこドライバーでいんじゃねーよ」
 
私は、正真正銘のへなちょこドライバーだ。とにかく、運転が下手くそ。
車線変更できずに、曲がるべきところで曲がれない。いつまでも右折できず、しびれを切らした後続の車が、追い越して曲がっていく。車間距離を開けすぎて、次から次へと割込みされる。ナビを見る余裕がなく、ありもしない野生の勘に頼っては迷い、目的地へたどり着けない。3台分のスペースが空いている、真ん中にしか、パーキングできない。立体駐車場では大きくまわり過ぎて、他の車のバンパーを破壊する。柱があればぶつけ、壁があればこする……。
 
唯一、得意な道が、真っすぐにのびた道だ。走っている車も少なく、曲がり角も信号もなく、思いきりアクセルを踏み込むことができる道。それが、東北自動車道だ。
 
1年3ヶ月前、東北から関西まで、約1,000キロの道のりを、車を運転して引っ越しをした。へなちょこドライバーの私は、東北自動車道の担当。残る道のりは全て、夫が運転した。
それから今日まで、私は一度もハンドルを握っていない。夫に何度キーを渡されそうになっても、頑なに拒否してきた。
 
だって、恐いんだもの。
 
何車線もあり、複雑に入り組み、スピードを上げて走ってくる車がはびこる、大阪の道が。へなちょこドライバーの私には、恐ろしい迷路にしか見えない、大阪の道が。
 
だけど、わかっている。このままじゃいけないということは。
夫の雷が落ちる前から、東北自動車道限定の免許を、返上しなくてはいけない必要性を感じ始めていた。
それは、雨の日に夫を迎えに行くためでも、自分が行きたい場所へ、自由に行くためでもない。
5歳の娘の「諦め癖」を退治するため。そのためには、母である私の「へなちょこ」を、まずは退治しなければならないのだ。
 
夏休みに入る一週間前の午後。私は、幼稚園の教室で娘の担任の先生と向かい合って座っていた。約15分の個人面談。娘がいかに幼稚園で楽しく過ごしているのかを、にこやかに説明してくれていた先生の口調が変わったのは、終了5分前のことだ。
「実は、体育あそびの鉄棒も、音楽あそびのメロディオンも、わたしはできないからって言って、全く練習しようとしないんです」
「他の子が一生懸命練習していても、気にならないみたいなんですが、お家ではいかがですか?」
 
私は返答に窮した。
娘はどちらかと言えば活発なタイプで、外に出たら、歩くよりもスキップばかりしているような子だ。当然、体育も得意だと思っていた。
半年前から、本人の希望でピアノ教室に通い始めていた。当然、メロディオンでつまずいているとは思っていなかった。
 
黙り込んでしまった私に、先生が慌てたように付け加えた。
「あ、でも、最初は楽しそうにやっていたんです。だけど、途中で一回失敗しちゃって。そしたら、それからずっと、完全拒否みたいになってしまって……」
まずい展開だ。非常にまずい展開ではないか。要するに、娘は5歳にして「諦め癖」が身についてしまっているということではないのか。たった一度の失敗で、諦めてしまうなんてことを、この先ずっと続けていたら……。
母としての危機感知センサーが、激しく点滅した。
 
私は、娘に何でもできる子になって欲しいとは思っていない。
鉄棒だって、メロディオンだって、できなきゃできないで、全く構わない。
私が娘に望んでいることは、たったひとつ。
自分の本当に熱中できるものを見つけて欲しい。それだけだ。
令和という新しい時代に成長し、社会へでていく娘に必要なのは、オールマイティに何でもソツなくこなす能力ではなく、自分にしかない、オンリーワンの「誰にも負けない」強い武器を手に入れることだ。その武器がどんなものなのか、親である私にも、娘本人にもまだ分からない。ただそれは、熱中できるものの中に隠されていることだけは、間違いない。
 
簡単には見つからないはずだ。簡単に諦めていては、たどり着けない場所にあるはずだ。
たった一度の失敗で諦めていては、手にすることができないもののはずだ。
だから、今から「諦め癖」だけは身に付けて欲しくない。
 
子どもは、驚くほど、大人のことをよく見ている。驚くほど、親の背中をよく見ている。
娘は、恐がっては、運転しようとしない母の姿を、見ているだろう。
娘は、運転することを諦めている、へなちょこな母の背中を、見つめているだろう。
 
娘の目の前に続く道が、真っすぐにのびた、邪魔するものも、曲がり角も信号もない道なら、心配はいらない。しかし、そんな道はないことを、私は知っている。東北自動車道のような道は、人生という地図の中には存在しないのだ。
 
娘を「へなちょこドライバー2世」にしてはならない。
 
苦手なことだらけで、いつまでたっても立派な親になどなれないが、それでも、親として背中を見せていくしかない。諦めない背中を。
 
娘よ、恐がらずに、母が運転する車に乗るがいい。
緊張と恐怖でガチガチの、母の背中をよく見るがいい。
それが、生きていくってことだから。
 
夫よ、お願いだから助手席では、静かに見守ってくれ。
へなちょこドライバーは、鬼教官の厳しい指導に……がんばって応えます!
 
 
 
 

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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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