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「姿を消せ!」と言われた男


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事: 清水佳哉(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「お前は姿を消せ!」
 
暮も押し迫ったさなか、年明け早々の対応について、我らが大阪支店ではそれに向けての対応会議が行われていた。
 
ワンマン社長の元、急成長を遂げた会社で、「社長が全て」の典型的なトップダウンの会社であった。
 
年始になると、東京本社から大阪支店に社長が来ることになっている。
社内での年頭訓示はもちろん、主要なお客様や取引先に挨拶回りを行うためである。
社長は大変気難しい方で、皆一様に、腫れ物に触るような関わり方をしていた。
 
入社3年目の私はというと、大阪支店に転勤したばかりであったのだが、大阪支店から見た本社や、大阪のメンバーから見た社長像というものが、本社で感じる以上にとてもピリピリさせる相手であるように感じられた。
 
「おい! 貴様! 聞いとんのかっ!?」
 
もう長いこと、ああでもないこうでもないと、概ね社内向けの作戦会議が続いていた。
 
社長に一緒に回ってもらうべき大切なお客様はどことどこで、お迎えは何時何分、新大阪の駅正面。車の停車位置は出入り口からから半径何メートル以内のどこどこで。誰が迎えに行って、誰が案内をして、お客さんのまわり順やタイミング、食事の場所と内容、その間の待機位置。
 
大変細かいところまで、検討し、調整し、確認が進められていった。
 
しかし私はというと、転勤したてという立場で、それほど重要な役が回ってくるわけもなく、サポート要員のサポートくらいだろうと、たかをくくっていた。
 
「おい! 貴様! 聞いとんのかっ!?」
 
そこにこの一声である。
 
事務所の空気がピーンと張り詰めて、私の中で、その日一番の最低温度を記録した。
 
営業課長の声は、いつもにも増して大きい。
大きなイベントがあるときは、いつもこうだ。
自分がアピールすべきタイミングとやり方を、よく心得ている人だ。
 
今回も、相手はむしろ私ではなく、まわりの営業課員たちを引き締め、威嚇するのが目的だったのだろう。
 
「年始早々の段取りについては、……という認識でよろしいでしょうか?」
 
「おう! そうや!」
 
「ところで、大事なことを言い忘れとった」
 
「何でしょうか?」
 
「お前は姿を消せ! 業務命令やっ!」
 
「……」
 
ふざけているのかと思ったが、そんな訳はない。
課長の目力と、発する言葉の音圧がそれを物語っている。
 
何だ? その命令は? 確かに私は社長によく思われてはいない。
「嫌われている」それは知っている。
しかし、私が知っている以上に、このことは社内で有名は話になっていた。
 
時は3年前、私の新入社員時代の春にさかのぼる。
 
今でこそ大阪支店だが、東京の本社採用だった私は、毎朝誰よりも早く出勤して、会議室に机と椅子を並べていた。
 
入社後の最初の1週間は、社長が直々に新人たちと対話し日々の研修に入るという教育スケジュールが組まれていたからである。
 
朝、誰も居ない本社の最上階。
そこにある会議室で机と椅子を並べる。
 
毎朝続けた。
私が座る場所は最前列、社長の正面の椅子と決めていた。
 
何日目だったろうか? 同じフロアに居る社長が、たまたま覗きに来て言った。
 
「ん? 早く来て机を並べているのか? 関心だな。君は何という名前だ?」
 
すごく感心してくれて、すぐに名前を覚えてもらった。
 
しかしその翌日、あろうことか居眠りをしてしまった。
私の席は最前列の社長正面。
怒られるのも、嫌われるのも当然だ。
 
烈火の如く怒り狂った社長に何を言われたか? 今となっては覚えていない。
ただただ、真っ赤になった社長の顔の色だけが、目に焼き付いている。
 
あの日から、もう3年が経っている。
それでもまだ、「社長から嫌われているダメ社員」という評価に変わりはないらしい。
 
「お前を見て、社長が機嫌を損ねたらいかん。だからお前は姿を消せ! 支店に居なくて構わん!」
 
随分な特別待遇を受けたものである。
とはいえ、大阪支店や他の社員さんたちに迷惑をかけるわけにもいかないので、業務命令を黙って聞いて頷いた。
 
サラリーマンで生きていくには、社長に嫌われると、どうもやりづらくなるようである。
 
社長が「黒」と言ったら、「白いものでも黒!」
そんな社風だった場合、正しく「黒」認定を頂いた環境で働くのは難しい。
 
一見、日常業務に支障はないが、社内での評価であったり、待遇であったりというものが、どうやら悪くなるようである。
 
大阪に来た常務取締役に聞かれたことがある。
 
「おい! お前は何のために仕事をしとるんや!? 言うてみい!」
 
「お客様を通じて、少しでも社会や世の中の為になることが出来れば、私は嬉しいです」
 
「そうか……」
 
でも、その直後、席から離れたお手洗いに向かった私の背中に聞こえてきたセリフはこうだった。
 
「おい支店長! お前、あいつにどんな指導しとるんや!?」
「ふざけんなコラ! 甲斐性も何もない若造に、何を言わせとるんや!?」
「飯のためやろ!? 飯を食う為にやっとるんやろが! よく教えとけっ!」
 
一旦「黒」と決められたイメージカラーは誰から見ても変わらずで、常にその色で見られていたのかもしれない。
 
社長や役員、いわゆる会社の上層部から、「あいつは外せ」「あいつのことだから……」と、たくさんの聞きたくない噂話が聞こえてきた。
 
「姿を消せ」から8年が過ぎたある日、四国のお客さんとの打ち合わせに、常務取締役が同行してくれた。
 
私は、お客様の現状についての調査結果報告を行いながら、次のプロジェクトに向けての課題解決提案についての説明をした。
 
目の前のお客様がうんうんとうなずき、「ありがとうございます。お伝え頂いた内容をもとに計画を進めます」と言われた時、常務の表情が変わっていた。
 
「お前、意外にちゃんと仕事してたんやな」
 
「こんなにお客さんに信頼されているなんて、そんな報告、誰からも受けたことがなかった」
 
目の前の誰かの色を「黒」と決めて見てしまうと、本当の色には気がつけないことがあるらしい。ましてや遠くから見ていると、なんの疑問も感じるタイミングがないらしい。いや、見てもいなかったのだ。
 
常務が若造に頭を下げた。
 
「すまんかった。お前のこと、ワシ、よく見てなかったな」
 
「姿を消せ」と言われた男の姿が、その時にはじめて、はっきり見えたのだそうである。
自分の目で見ることによって、聞いていた色、思っていた色とは違うことを知ったのだという。
 
私たちも気をつけなければいけない。
 
組織の中で、家庭の中で。
他の誰かから聞いた話を鵜呑みにするのではなく、しっかりと、自分の目で見て確かめよう。
 
誰かの姿を消してしまわないように……。
 
 
 
 
***
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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