メディアグランプリ

過去の自分を供養する方法


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【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永石美季詠(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「はぁ……。」
 
引っ越し業者が持ってきてくれた、折りたたんだままの沢山の段ボールを見ながら、私は大きなため息をついていた。
 
8月の半ば、ちょうどお盆の時期に引っ越しを予定している我が家である。まさに今は、引っ越し準備の佳境の時期のはずなのである。でも、全くと言っていいほどやる気が出ない。原因は分かっていた。なかなか手を付けられない箇所が、部屋の中にあった。別のところから始めてもいいのだが、その箇所を放置しているという事実そのものが、私の肩にのしかかる見えない重りのようになっていた。
 
意を決して、私は本棚の前に行き、きつきつに詰め込まれた書類やファイルや本を両手で慎重に取り出し、とりあえず床に積み上げた。そこには一体何が入っていたのか? それは、ざっと言えば、大学時代のテキストやレポート類、ここ10年分くらいの使用済みの手帳、就職してから増え続けている仕事の資料であった……。触るのも気が重かったそれらについに手を付けたことに、とりあえず自分を褒めた。恐る恐る手に取り中を開くと、当時のいろいろな想いがよみがえってくる。
悲喜こもごもと言うが、若い時の「悲」というのは、老齢にさしかかったときの悲哀とはまた違った激しい切迫感があるものだと思う。今日の自分の選択や行動が、自分の未来を明るく開くのか暗く閉ざすのかを決めるのだという、一分一秒気が抜けないような日々。水面にあっぷあっぷと口を出してなんとか息をしているような毎日。ポジティブとかネガティブの方向性はどうあれ、そこには若さの強いエネルギーが詰まっていたのだった。
 
その書類たちでいっぱいの本棚は、ごみ置き場の回収し忘れられたごみのように、私の行き場のない感情が行き着いた、墓場のような場所になっていた。古い手帳を開くと、「私ってこんな日々を送っていたんだなぁ」と他人の毎日をのぞき見ているような気がする一方で、「ずーん」とした重苦しい、昇華されないままに紙面に染み付いた感情だけは、まるで昔の自分が乗り移ったように、リアルに胸に迫るのだった。
 
私は、手帳の束をごみ袋に入れる前に、過去の自分を供養することにした。とは言っても特別なことではなく、手を合わせてただ「昔の私、ありがとう」とお礼を言うだけ。がんばっていた苦しい日々に、感謝の気持ちとともに、「さよなら」をした。大学のレポート類は、あまり中身を見ずに捨てた。無意識に身についているだろう教養が財産だから、もう「がんばった証明」はいらない。仕事の雑多な資料も、同じ理由で処分することにした。また必要なものは手元にくるはずだから、潔く捨てた。
 
毎年お盆には、お墓を参ったり仏壇に手を合わせたりして、ご先祖様を供養する人が多いだろう。ご先祖が生きた人生の時間に対して敬意を表し、自分につながれた命に感謝するときである。同じように、自分が今まで生きた時間に対して敬意を表し、今の自分へとつなげてくれた過去の自分に感謝してもいいのではないだろうか。確かに、人生の中で、そんなことをしようと思う機会はそんなに多くはないのかもしれない。でも、今年は私にとって大きな区切りの時期なのだった。結婚5年目、娘は3歳になった。長いこと、自分の運命を恨んだり、世の中を恨んだりしてきた、私の中の小さな少女はもういなくなり、特別なものや豪華なものや物珍しいものはなくても、普段の毎日の暮らしがしあわせだなぁ、と思う日々なのだ。すると自然と、誰かや何かに、「ありがとう」と言いたくなる。
 
人が、自然と何かに「ありがとう」と言いたくなるときとは、その人が自分の自信の根拠を捨てることができたときだと思う。もちろん根拠のある自信も大切だ。そのために人は努力するし、それを得ることで困難を乗り越えることもできる。でも、人生の楽しみは、目標や目的を達成することだけではないのではないだろうか。まだ見ぬ未来、想像もできない未来にわくわくすること。人とのあたたかいつながりの中で、未来の自分に自然と手招きされるような人生って素敵だなぁと思うのである。
 
引っ越しのための断捨離で、部屋だけでなく心までスッキリできた、私の2019年の盛夏である。あなたも、なかなか片付けられないあの場所を、お盆休みに手を付けてみませんか? 身も心も、ついでにお部屋も、綺麗にスッキリ、片付くかもしれません。そして、新しくできたそのスペースに、想像もしなかったようなステキなものが、流れ込んでくるかもしれませんよ!
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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