メディアグランプリ

「ありえない」って言われたってかまわない。勉強しない塾合宿。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:香月祐美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
「人数集まらないときの宿の予約変更って、いつまででしたっけ」
ノートパソコンを開いて、三宅島で宿泊予定のゲストハウスを検索しながら、目の前にいる塾のオーナーにたずねる。
 
「参加者が少なかったら、保護者とか、島を観光したい大人を募集する方向にしたい」
人数変更しないですむように参加者を集めたい、ということだろう。
 
「最低、何人集まれば赤字にならないか、試算しますね」
そもそも、儲けを出そうと思っていない。試算で出た最低ラインは10名だった。
 
それは、5ヶ月前のある日。
 
「三宅島に子ども達を連れて行こう」
と、オーナーが言いはじめた。子ども達とは、塾の子たちのことだ。
 
「三宅島? どんな所なんですか?」
私が三宅島について知っていたことといえば、オーナーの祖父母が昔住んでいたこと。そして、20年ほど前に噴火したことくらいだった。
そこが東京都なのだということさえ知らなかった。
 
どんな所か聞いたのに、返ってきた言葉は、
「視察に連れて行くから。4月の土日、どこ空いてる?」
だった。
そして、私のスケジュールを押さえると、あっという間に2泊3日でスケジュールを組んでしまった。
いつにない素早さと積極さに、私は思った。
……この人、本気だ。
 
ここまで読むと、突拍子もない話がどんどん進んでいるように思うだろう。
 
元々、私とオーナーは子どもに勉強を教えたくて塾を始めたわけではなかった。
勉強は、将来やりたいことに近づくための手段でしかないと考えている。
だから勉強の前に、子ども達の「学びたい」という気持ちを育てることに重きを置きつつ、勉強もできる塾を目指している。
そのために、子どもが自分で学ぶ理由を見つけるための、きっかけ作りをしたかった。
 
「塾で机に向かって勉強するだけでなくて、たまには遠出したりして、普段の生活ではできない体験をして、子ども達の興味の幅を広げるきっかけを作れないかな」
 
「自立や協調性を育てることも教育だし、塾という場所が、勉強するだけの場ではなくて、子ども達の居場所にもなれるといいよね」
 
と、お互いつねづね話していた。
そんな中での、三宅島だった。
オーナーが船や宿の予約、観光場所や食事すべて段取りを組んでくれた。そこまでして見せたい三宅島。期待しないでいられようか。
 
視察当日。
朝5時に三宅島の港に降り立った。
さ……寒い。
冷たい海風に、眠気が一気に吹き飛ばされていく。
 
一足先に着いていたオーナーが運転する車に、急いで乗り込む。
島には噴火の跡があちこちに残っていた。それもそのはず、数十年ごとに噴火を繰り返しているのだそうだ。
 
オーナーが朝一番に案内してくれたのは、30数年前の噴火跡。
 
遠くにある山を指差して、
「あそこから噴火して、溶岩がこの辺りにあった村に向かって流れてきたんだ」
と。
村があった場所と言われても、ごつごつした黒い岩がどこまでもゴロゴロ転がるばかりで、村があっただなんて信じがたかった。
 
30年経った今も、岩のすき間から草が生えることさえ許さない黒い岩の海。
その奥に、コンクリートでできた細長い壁のようなものが見える。
 
建物?
と思って近づく。
「あのコンクリートは昔の学校で、あの学校のおかげで溶岩が流れるのがせき止められたんだ」
と教えてくれた。
 
再び車に乗り込むと、今度は2000年以上前の噴火跡に案内してくれた。
先ほどの草さえ生えない岩の海からは想像もできないような、静かで美しい湖と、それを取り囲む森が広がっている。
歩いていると、三脚とカメラを持ってウロウロしている人とすれ違う。
 
「クライマックスフォレストって言って、森の最終形態が広がっているんだ。 それだけじゃない。
ここにしかいない野鳥もいて、世界中からバードウォッチングに来る人も多いんだよ」
 
噴火でできた自然の見所はそれにとどまらず、火山活動で流れ出た溶岩が、海を囲んでプールのようになっている場所もあった。
海の水はとても澄んでいる。夏にみんなで泳ぐととても気持ち良さそうだ。
いつの間にかそんな事を思いながら、夢中で写真を撮っていた。
 
オーナーが、こんなに島の歴史に詳しいことにも驚いた。
それほど大切で好きな場所なのだということが伝わってくる。
 
次は、子ども達と一緒にこの景色を見てみたい。
そして行くなら、ここで過ごす間は、学校の勉強はしなくていいと思った。
机上の勉強は、いつでもできる。
三宅島の美しい自然は、そう何度も見られるものではない。
 
勉強しない塾の合宿に、どれくらいの家庭から申込がくるかは、正直分からない。それでも、だった。
 
家族旅行とは違う。
林間学校とも違う。
部活の合宿とも違う。
 
普段は勉強をするという場に集まっている様々な学年の子どもが、自然の中で遊んで学ぶ。
塾の合宿ではない。自然学校にしよう。
そんな想像をしながら、ワクワクしていた。
 
私は、そう心に決めるが早いか、帰りの船乗り場で、三宅島で撮った写真と動画を組み合わせて、保護者向けの案内を作り始めていた。そして出航するのと同時に配信していた。
 
「塾の合宿で勉強しないで遊ぶだけって……それって保護者はどうなの?」
私の仕事を知っている知人の何人かに、そう言われた。
 
どう……も何も。
もう、告知は始まっている。
動画以外に、案内チラシも作った。三者面談でも伝えた。
楽しさを、そして塾の思いを、何度でも伝えていくしかなかった。
 
そしてきたる8月3日。
「この様な企画をしていただいて、ありがとうございます!」
「自然学校、来てよかった!」
 
三宅島に到着するどころか、まだ船にすら乗っていない。
船着き場に向かう電車の中で、大興奮の11名の塾生たちが口々にそう言ってきた。
 
勉強はしない。
でも、参加する子ども自身にも、そしてその子を送り出してくれた保護者にも、「参加して良かった」と必ず思ってもらう。
 
子ども達が明日の早朝、三宅島の景色を見て何を思うのだろう。
夜の22時半。船が出航し、甲板で東京湾の夜景を見ながら、更に興奮冷めやらぬ子ども達を見ながらそう思う。
 
ドキドキする気持ちを抑えるように、私は消灯とともに目を閉じた。
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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