手のひらの勇気~応急手当普及員の願い~
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:白川とも子(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
「あなたは、生き抜くと決めてください。それだけでいいんです」
その瞬間、集まったお父さん、お母さんの顔が引き締まった。それまで、ワイワイと「久しぶり~」とか、「大きくなったねえ~」と、話していたのだ。しんと、静かになった部屋の中で、私は続けた。
「皆さんができることは、たくさんあるのです。今からひとつずつ、一緒に学びましょう」
子どもを持つ人が学ぶのはとても大変だ。仕事を持つ人も、そうでない人も、自分のための時間を確保することは、子どもがいると、とても難しくなる。けれども、「この講座だけは有休を取ってでも」
と、多くの方が参加してくれていた。
そうしてでも、「学ぶ」人が集まるのは、この講座が「こどもの応急手当と心肺蘇生法」を教える講座だったからである。
「心肺蘇生? 何それ?」
聞きなれない言葉。よっぽどでない限り、あまり耳にしない言葉であろう。しかし、今から10年前、タレントの松村邦弘さんが、東京マラソンの途中で意識を失い、心肺停止になったことを覚えているだろうか。当時のスポーツ紙によれば、スタートから15キロ地点手前で、松村さんは急に足を止め、後ろにひっくり返るように路上に倒れ込んだという。口から泡を吹き、呼びかけても反応がなかった。心肺停止とは、心臓と呼吸が止まった状態である。意識を失った松村さんに近くにいた医師が駆け付け、心肺停止状態を確認した。すぐに電気ショックを与えるAEⅮ(自動体外式除細動器)で緊急処置をし、心肺蘇生が行われた。そうして松村さんは、一命を取り留めることができたのだ。
「さて、今からAEⅮの説明をします」
「電気ショックなんて怖い」
「心臓が止まったらどうするの?」
お父さんお母さんは、心配そうな顔をしている。
「大丈夫です。心臓が止まった状態でしか、電気ショックはかけられないのです」
AEⅮは、誤解されている点も多い。私は、その一つ一つを説明していった。AEⅮには、心拍数やデータから、電気ショックが必要かどうかをアドバイスしてくれる音声機能がついているのだ、と。そして、「AEⅮは生き返らせる機械」だと間違って思いこんでいる人が多いことに気づく。
AEⅮによる電気ショックは、例えば、プルプルと不規則に動いている心臓の震えを(心室細動)ヤンチャな一年生だとすると、先生が
「前にならえ、ピーッ」
と、笛を鳴らして整列させるような役割なのだ。いったん静かにさせ、そして、正しく、イチ・ニ・イチ・ニと足並みをそろえる。
その時に一番大切なことは、しっかりと心臓を圧迫して、正しい拍動(心臓が動くリズム)を取り戻すこと。そして、脳に血液を送り続けることで、脳へのダメージや、障がいができるだけ残らないようにする。大事なのは、休むことなく心臓をしっかりと押して、全身に血液を送り続けることである。
「さて、心臓ってどこにあるでしょうね?」
左? 右? そう、胸と胸を結んだ線の真ん中である。「左手握りこぶし大」の心臓を、手のひらの付け根を使って上からぐっと圧迫するのである。大人なら5センチ、乳児・子どもなら、胸の厚みの1/3まで沈み込むように、しっかり押す。リズムは、1分間に100~120回と言われる。少し早めの行進のリズム、と覚えておくと良いかもしれない。
ところで、今から13年前の2006年。私が応急手当普及員という、この心肺蘇生法をトレーニングする資格を取った年、全国にあったAEⅮは、わずか4万5千台であった。そして、2016年。AEⅮは、全国に68万台以上設置されるようになった。なぜなら「心肺停止」が、死ではなく、処置によってその生存率が高まることが知られるようになったからである。しかし、同時に、「命との向き合い方」について問われる事件や、天災、人災が私たちの前に起きているような気もする。
「生き抜くことです。この講座では、あなたは生き残っていて、自分の家族を、仲間を助けるんです。あなたができること、それは、声をかけ、励まし、命の瀬戸際にいる人にその手を伸ばして下さい」
私の講座の時間は短いので、みんな必死でついてきてくれる。倒れている人の意識を確認し、おなかと胸の動きを観察して、呼吸の有無を見る。もちろんできれば、人工呼吸もする方がいい。戸惑うなら、人工呼吸はせず、心臓をしっかりと押し続ける。人形を使いながら一つ一つ身に付けていく。お父さん、お母さんたちの顔に汗がにじむ。子どもを抱えながら、練習に取り組む人もいる。みんなで、声をかけながら助け合う。
「大丈夫や、救急車、すぐ来るぞ!」
「○○ちゃん、だいじょうぶやから!」
「私、押すの代わります!」
昔、そう10年前は、この心肺蘇生はとても難しかったのだ。けれど、手順も今はわかりやすく「だれもができる」ことを目的に改められた。
「まだ来ないのか」
「見てきます!」
私は救急車の役だ。
「救急隊です。患者さんのところまで誘導してください」
「こちらです。AEⅮ、電気ショックは2回行いました。意識ありません!」
お父さん、お母さんの目には強い力が宿っている。
助けるんだ。
私たちが助けるんだ。
助けられるかもしれない!
「報告します。救急病院に運ばれたお子さんは一命を取り留めました。皆さんの連携と、適切な処置のおかげで脳に損傷もありませんでした」
ほっと、ため息がもれた。誰からか、自然と拍手がおきていく。
「お子さんのお母さまからの伝言です。本当にありがとうございました。勇気をもって助けて下さり、ありがとうございました」
私は、一人一人の顔を見つめていく。瞳が濡れている人もいた。
小さな勇気。あなたのその手のひらを、忘れないでください。無理はしなくていいのです。もし、できることがあれば、その手を差し伸べていただけませんか。
あなたにできることは何だろうか。私にできることは何だろうか。
住んでいる町で、救命講習をやっているかもしれない。ちょっと調べてみようか。そうだ、駅にAEⅮって置いてあったんじゃない?
この小さな記事がそんなことをふと考え、調べてみようかな、と思えるきっかけになれば、と心から願っている。
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