「普通」の暴力性
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記事:大友ぎん(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
「なんで普通じゃないの?」
そう言われてしまうと、もう言い返せない。
「普通」は正義であり、すごく暴力的な言葉だ。もう「普通」じゃない自分自身を、責めるほかなくなってしまう。
「普通じゃない」と言われることは、私にとっても長年の恐怖だった。
「普通」の範疇をこえた言動をとることで、群れから弾き飛ばされてしまう怖さを、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」を読んで、改めて思い出した。
主人公の古倉恵子は、コンビニでアルバイトをする36歳の独身女性だ。コンビニバイト以外の職歴はなく、恋人もいたことがない。彼女は世の中の「普通」から大きく外れた存在だ。
「なんでまだ結婚してないの?」
「なんで定職についてないの?」
彼女の人生遍歴を聞き、周囲の人は素朴な疑問をもつ。「なんでそんなに普通じゃないの?」と、自分の正しい「普通」を無理やり彼女に押し付けようとする。
さも「普通」である自分が正しくて、普通でない彼女が間違いかのように。
古倉恵子は、幼少期から「普通」ではなかった。死んだ小鳥を見て、悲しむどころか「これ、食べよう」と言って母親を困らせる。最初は自分のなにがおかしいのか、なぜ咎められるのか理解できなかったが、徐々に自分が他の人とズレていることに気付きはじめる。その後はできるだけ「普通」になろうと、自分を制して生きていくことを選ぶ。
彼女の言動は、たしかに「普通」ではない。
ただ、ものすごく合理的なのだ。自分の言動すべてに目的をもち、その目的を果たすための一番合理的な考えを導き出しているだけだ。
そんな彼女に対して、周囲の「普通」攻撃は容赦ない。読んでいて、どんどんつらくなっていった。自分が同じことを言われたら、もう起き上がれなくなってしまう。ただ、彼女はどこまでも合理的でタフだ。まわりの「普通」にできるだけ合わせようと努力する。しかし、どんなにがんばっても、みんなの「普通」になれないことに振り回される。
「普通」ってなんだろう。わからない。
古倉恵子はずっと「普通」を探している。その様子に、私は深く共感した。まるで自分を見ているかのようだった。
なぜなら、私も同じく「普通」に振り回されて生きてきたからだ。
一番最初に「普通」を意識したのは、小学生のときだ。親の都合で田舎の小さな学校から、都会の大きな学校へと転校したのだ。
クラスメイトが5倍の人数になり、それまでの「普通」がまるで通用しなくなった。私は転校生というだけで、大勢の好奇の目に晒された。「普通」のはずだった言葉の訛りは嘲笑の対象となり、前の学校で羨望を集めていたキャラクターのストラップは、なんの効力も持たなかった。「普通」だった通学カバンは異物として捉えられ、なぜ「普通」じゃないのかと毎日質問攻めにされた。
私は「普通」じゃなかったのだ。
異物として扱われるのは、初めての経験だった。このままでは弾き飛ばされてしまう。私は幼いながらに恐怖を感じ、必死で周囲を観察した。
母にねだって、指定の通学カバンと、クラスで流行しているキャラクターのグッズを買ってもらった。
次の日、「普通」の通学カバンと、「普通」の文房具を持って登校した私を、クラスメイトは初めて新しい群れの一員として迎え入れた。私は心から安堵した。これで、弾き飛ばされないですむ。
その後、しばらくは私の生活は安定していた。思春期を迎えて不安定な時期もあったが、幼い頃に身につけた「普通」を察知する能力をいかんなく発揮し、常に群れの中でうまくやっていくことができたのだ。しかし、アラサーと呼ばれる年齢にさしかかってきたころ、暗雲が立ち込めてきた。
「なんでまだ結婚しないの?」
古倉恵子が物語の中で何度も何度もぶつけられた「普通」を、私もぶつけられるようになった。最初に「普通」を振りかざしたのは母親だった。それから、祖父母、親戚、同級生、会社の同僚へと広がっていった。みんなに悪意がないことは、よくわかっていた。ある人は「将来が心配だから」と言っていたし、ある人は「絶対結婚したほうが楽しいから」と言った。
みんなが自分の「普通」が正しく、素晴らしいことだと思っているのだ。それを厚意で私に教えてくれている。ただそれだけだ。
しかし、その「普通」を無理やり飲み込むことはとてもつらい。「普通」になれない自分を、自分で否定することになってしまうからだ。私はずっとその葛藤と戦ってきた。
今、そうやって「普通」と戦っている人はきっと私だけではないということを、「コンビニ人間」を読んで改めて感じた。
いろんな境遇の人が、日々「普通」に振り回され、生きづらい思いをしているのだと思う。誰の心の中にも、古倉恵子がいるのだ。そのことに気付けただけでも、私は心がすこし軽くなったような気がした。悩んでいるのは私だけじゃないのだ。
そして、古倉恵子は「普通」から自分を解放することに成功した。誰にも振り回されない、自分らしい生き方を見つけたのだ。もう誰も彼女に「普通」をぶつけたりしないだろう。
この本を読み終わったとき、私も彼女のように、自分らしく強く生きる道を追い求めていこう。そう改めて決意した。
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