憧れの先にある狂気
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大友ぎん(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
誰しも一度は「憧れ」という感情を抱いたことがあるだろう。
憧れの対象は人によってさまざまだ。
キラキラした芸能人や、スポーツ選手、部活の先輩に青春をささげた人もいるだろう。私も例に漏れず、高校生のころはイギリスのバンドマンに憧れてギターを始めたりしたものだ。
ところが憧れが募るにつれ、「あの人になりたい」「自分があの人だったらいいのに」という想いが強くなってくると、少し危険だ。
芥川賞を受賞した、今村夏子さんの「むらさきのスカートの女」に登場する主人公は、少し変わった人に熱視線を注いでいる。
彼女が「友達になりたい」と熱望する相手は、「むらさきのスカートの女」とみんなから呼ばれている街のちょっとした有名人だ。
「むらさきのスカートの女」は、いつもパサパサの長い髪の毛を揺らしながら、紫色のスカートで街をウロウロしている。その不気味な姿から、彼女が通ると人混みが割れ、小学生は罰ゲームで彼女にタッチしに行く始末だ。私が小さかった頃も、そういう謎のおばさんがいたものだ。
なんとなく、社会の中で「関わらない方が良さそうな人」に分類されている彼女と、主人公はどうにかして「友達になりたい」と熱望しているのだ。それだけでも変だな、と思っていたがそれだけではない。
しかも、その想いの強さが尋常ではないのだ。
どうにか相手の意識を自分に向けようと、商店街をスイスイ歩く彼女めがけて突進してみたり、どこに住んでいるのか、いつどこで働いているのか、休日の過ごし方に至るまで、すべてを調べ上げている。
さらには、なかなか自分から話しかけられない主人公は、職を転々とする彼女を、うまく自分が働く職場に就職させることにまで成功する。
怖い。
開始20ページで、私はものすごく怖くなってしまった。
淡々とした文体で語られる、主人公の「むらさきのスカートの女」に対する異常なまでの執着には狂気すら感じる。一体なにが主人公をここまで突き動かすのか、謎が深まるばかりだ。
そして主人公の目論見通り、自分と同じ職場で働き始めた「むらさきのスカートの女」の様子は、ますます詳細に語られる。
絶対ヤバイやつだからちゃんと働けるわけないよな、と思っていた私の予想は大きく外れた。彼女は意外と上手に溶け込み、めきめきと仕事を覚えて成長し、周囲の人と影響を与え合い、新たな生活を送り始める。
予想に反して展開していく「むらさきのスカートの女」の人生に、ついペラペラと夢中になってページをめくっていた。
私はそのとき「あれ?」と思った。
周囲から注目される「むらさきのスカートの女」とは対照的に、主人公がほとんど会話に組み込まれていない。二人は同じ空間、コミュニティにいるはずなのに、まるで誰からも見えない幽霊のように扱われているのだ。物語の最初から最後まで主人公に監視し続けられている「むらさきのスカートの女」ですら、最後のほうになるまで、ほぼ主人公と会話すらしていない。
主人公は、誰からも気付かれない「幽霊」である自分と対照的な、周囲から常に注目を集める「むらさきのスカートの女」に「憧れ」を抱いていたのだ。
私はこの本を読みながら、精神分析の防御反応のひとつである「同一化」を思い出していた。簡単に言うと、他人の態度や振る舞い、ファッションなどを真似することによって、尊敬する人に自分を近づけようとすることだ。そうすることによって、自分の中のコンプレックスを抑圧しようとする。
主人公はまさに、自分と「むらさきのスカートの女」を同一化していたのではないだろうか。彼女は誰からも注目されない自分を「黄色いカーディガンの女」と呼び、「むらさきのスカートの女」に代わって街の有名人になることを夢想しているのだ。
そして、主人公は最後にはその願いをかなえることに成功する。かつて「むらさきのスカートの女」がしていたように、彼女専用だった公園のシートに座り、彼女がよく一人で食べていたクリームパンを口に入れようとする。そのとき、小学生が主人公の肩をポン! と叩いてキャッキャッと笑いながら逃げていく。まさに、主人公は「むらさきのスカートの女」になり代わったのだ。
そのシーンを読んで鳥肌が立った。
本には描かれていなかったが、主人公の満足気な笑顔が想像できた。
「狂気」ともとれる「憧れ」を募らせる主人公。終始薄気味悪く感じさせるが、これは私たちの身近にもよく起こっていることではないだろうか。
私たちはSNSで「いいね」をたくさん集めるあの人に、羨望のまなざしを注いでいる。
「いいな、わたしもあんな生活がしたい」「あの人と同じスイーツが食べたい」「私があの人だったらよかったのに……」
そんな誰の身近にもある「憧れ」の先にある「狂気」を淡々と描く作品だった。
それにしてもゾワゾワした。残暑が厳しい夜に、ぜひ読んでほしい。きっといつもより少し涼しく過ごせると思う。
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