絵日記と先生とわたし
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
※これは、フィクションです。
小学校時代の同級生が、実家の母から連絡先を聞いたと言って、携帯に電話をしてきたのは、梅雨入り宣言直後の6月のことだ。卒業から、ちょうど20年。令和の幕開けを記念して、初めての同級会が開かれるとのことだった。出席するか、たずねられた私は、名前を聞いても顔を思い出せない、その同級生に、質問した。
「絵日記も来るの?」
30オーバーの女にしては、高く甘ったるい声が「来るよ」と答える。
「絵日記」というあだ名で、子どもたちから呼ばれていた、担任の先生も来ることを知り、私は出席することを決めた。お互いのメールアドレスを交換し、ぎこちないあいさつを交わして、短い電話は終わった。
小学校5年生になる春、両親は離婚し、私と母は、遠くの小さなアパートに引っ越した。
転校1日目の自己紹介。自分の新しい苗字を、どうしても口にすることができず、顔を上げられなかった。自分の名前もろくに言えない私は「何を考えているのか、わかんない転校生」として、残り2年の小学校生活を送ることになった。
いじめられた訳でも、仲間外れにされた訳でもない。ただ、グループ分けのとき、私と一緒のグループになった子たちは、ちょっと居心地悪そうにした。私と学校の外で偶然会ったとき、多くの子が、気づかないふりをした。
そして、夏休みに一緒に遊んでくれる子は、ひとりもいなかった。
母とふたり暮らしになってからの夏休みは、色のない、モノクロの毎日だった。
朝、仕事に出かけた母が、帰宅する夜まで、ずっとひとりで過ごす時間。どこにも行かず、誰にも会わず、カレンダーに何の印もない毎日。どこを切りとっても変化のない、まるで金太郎飴みたいな夏休み。
そんな毎日を過ごす10歳の私には、夢をみることが必要だった。ジェリービーンズみたいに、いろんな色と味を楽しめる、カラフルな夏休みを過ごしているという夢を。
夏休みの間中、私は毎日、丁寧に時間をかけて、絵日記を書いた。
「お父さんとお母さんと一緒に、ディズニーランドへ行きました。パレードがキレイで感動しました」
「いとこのお姉ちゃんがくれた、ピンク色のリップをつけて、夏祭りに行きました。ちょっと、ドキドキ」
「友だちと秘密基地で、アイスを食べました。場所は、私たちだけのひみつです」
夏休み明け、絵日記を提出した翌日、丸めた大きな模造紙を抱えて、先生が教室に入ってきた。
「みんなの絵日記をみてたら、先生も書きたくなってなー。書いてみたぞ、絵日記」
そう言って、先生は模造紙を広げて、黒板に貼った。
一番上に「おれの夏休み」と大きく書かれたその紙には、20代独身男性教師の日常が、下手な絵と達筆な文字で描かれていた。
「今日も学校で2学期の準備。子どもはいいよなー、休みで」
「暑くて死にそうだ。冷蔵庫を開けて、中に顔を突っ込んだ。極楽」
「ひま過ぎて、15時間寝た。誰か電話くれないかな」
「なんだよ、それー」と子どもたちから、いじられまくり、いつしか先生は「絵日記」と呼ばれるようになった。私はそんな先生とクラスメイトの様子を見つめながら、こころの中で吐き捨てた。
「ばっかみたい」
先生が、絵日記を一番見せたかった相手が、私であったことに、その時はまだ、気づくことができなかった。
小学校を卒業してから、一度も思い出すことがなかった先生のことを、思い出したのは、4年前のことだ。
結婚し長女を産んだ私は、慣れない育児に悪戦苦闘していた。娘はのんびり屋で、まわりの子と比べて発達が遅かった。一歳児検診のとき、保健師さんから「何か困ったことや、不安に思っていることはありませんか」と聞かれた私は、一冊のノートを取り出して、彼女に見せた。そこには、生まれてからの娘の様子と、母としての自分の気持ちが、びっしりと書き連ねてあった。娘の笑顔や泣き顔のイラスト付きで。
「お母さんのお気持ち、よく分かりました。見せてくださって、ありがとうございます」
そう言って、ノートから顔を上げた彼女は、やさしい目で私をみて、言葉を続けた。
「実は指導の一環で、日記をつけるよう勧めることがあるんです。でも、日記を見ても、お母さんの気持ちを分かってあげられないことの方が、多いんですよね」
疑問符を浮かべた私に、ほほ笑みながら、彼女は続けた。
「本当の気持ちを書かず、【理想のお母さん】として、書いてしまうんです。母親のくせに、って思われるのを恐れて、感情を押し殺しちゃう。日記は教科書じゃないんだから、不安に震える本当の気持ちを書いてくれればいいんですけどね。あなたの日記、できればそんなお母さんたちに、見せてあげたいくらいです」
そのとき不意に、先生の顔を思い出した。と同時に、【理想の10歳女子】として書いた、自分の絵日記と、ありのままを書いた、先生の絵日記が、脳裏によみがえった。
そして、私は、気づいた。
そうか。先生は、私に教えたかったんだ。
本当は、お父さんとお母さんと一緒に暮らしたい。
本当は、友達と一緒に遊びたい。
本当は、ひとりぼっちじゃ寂しい。
そう絵日記に書けばよかったことを。そう書けば、みんなが私の気持ちに気づいてくれたことを。本当の気持ちを知って欲しかったら、素直に相手に伝えなくてはいけない、ということを。
だから先生は、冬休みも春休みも、次の年も、絵日記を書いてくれたんだ。本当の気持ちを伝えることの大切さを、私に教えるために。
のろのろ運転だった台風が去り、強烈な日差しが戻った、令和元年8月18日。
電車を乗り継いで、同級会会場へと向かう私の鞄の中には、先週手にしたばかりの一冊の本が入っている。
タイトルは「絵日記先生の夏休み」
帯には「先生、わたし、絵本を書きました。~絵日記先生へささげるデビュー作~」
卒業式の日、誰にも声を掛けず、教室を出ていこうとしていた私を、全く似合っていないスーツ姿の先生が呼び止めた。そして、かけっこで一等賞をとった子どものような笑顔で、言い放った。
「お前は、絵もうまいし、物語を作る才能もある。将来は絵本を書け、絵本を。なっ!」
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