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メディアグランプリ

親心は海を越える


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香月祐美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
明後日に台風10号が上陸するのはウソじゃないかと思う様な、青い空が広がるお昼時。
私は混乱していた。決して、暑さのせいで頭がおかしくなったのではない。
 
そう。嫌な予感が頭を一瞬よぎっていたのに。スマホのメール画面を見ながら今更後悔しても、もう遅い。
 
その日、私は電車に乗って高知県の西側を目指していた。お盆休みを利用して、四国にあるお寺を巡礼するためだ。
弘法大師空海にゆかりのある88ヶ所のお寺を巡ることを、「お遍路」という。
 
電車が目的地に到着するのと同時に、ポケットの中のスマホが震えた。降り口に向かいながらスマホを取り出す。父からのメールだった。
 
八幡浜着15:00
そこまで2時間くらいで着きます
 
電車からホームに出ようとする足が、一瞬ビクリと止まる。
八幡浜? なに、それどこ?
そこに着くって……ここに……ってこと?
 
たった2行のメールに、こんなに混乱させられたことがあっただろうか。
 
「……は?」
思わず声がもれる。
突然声を上げて、前を歩く人に変な女だと思われていないか心配になり、前を見る。幸い少し距離があり、気にされた様子はなくほっとし、急いで返信を打つ。
 
くるんですか?
 
漢字に変換する余裕などない。返信はすぐ届いた。
 
明日40番のお寺まで、車で送ります
 
駅を出た私は、急いで父に電話をかけながら、今朝、高知にいるとメールを送ったことを後悔した。
高知県には、台風が接近している。そして私は今、明後日に台風の中心が通過する予定の場所にいる。
 
トゥルルルル……トゥルルルル……
事後報告にすればよかった。繰り返される呼び出し音を聞きながら思う。熊本にいる両親は、船に乗って海を渡って来ようとしているのだろうか。渡る前であって欲しい。私の頭には、15年前のことがよぎる。
 
15年前。
まだ学生だった私は、春休みの1ヶ月間、四国遍路をしていた。そんなある日のことだった。毎日40キロ近く歩いていたので、疲れがたまっていたのだと思う。急に体調が悪くなり、病院で点滴を打ってもらうということがあった。
なんとなしに、親にそのことをメールで伝えていた。
 
そうですか。今どの辺りにいるのですか。
 
と返信がきたので、町の名前だけ送った。
点滴のおかげで体調もすっかり回復し、翌日から再び歩くことができるようになった。その日は、歩きながら知り合った2人と、山を登ったところにあるお寺を目指していた。山に入ると、歩き遍路をする人だけが通れる、昔ながらのけもの道を歩いていく。けもの道と車道が交差する場所に出たところで、1人が前を指差した。
 
「ねぇ、あそこに熊本ナンバーの車が止まってるよ」
 
見ると、何もない山道の脇にぽつんと黒い車が止まっている。熊本の車だなんて珍しいなぁと思うと同時に、心がざわつく。
見たことがある車だな……。そう思った次の瞬間、車のナンバーがはっきり目に入る。
 
「えっ、あれ、うちの車だ……」
予期せぬ私の言葉に、2人が「え!?」と驚きの声を上げる。
 
すると、車から人が降りて来る。両親だった。
 
どうしてここにいるの?
昨日、メールで町の名前しか送っていないのにどうして?
しかもこんな山道にどうして?
一瞬の間に、いろんな「どうして」が頭に浮かぶ。
 
「どうして!?」
「この辺におるんじゃないかと思ったと」
驚く私にかまわず、いつもと変わらぬ様子の父。
 
「お寺、すぐそこだけん乗ってく?」
「いや、歩きよるけん、よか」
知り合いの1人は、なんだか乗りたそうにしていたけれど、私は不機嫌に即答した。だって、私は歩きたいのだ。
私の言葉を聞くと、両親はそのまま車で走り去ってしまった。
驚く私とは対照的に、あまりにもいつも通りの両親。私はあっけにとられたまま、車を見送っていた。ここまで時間にして、5分程だったか。
 
「もしもし」
電話口の父の声に、意識が現実に引き戻される。
 
「もう、フェリーが出たと」
と言う父。すでに海を越えようとしていた。
 
「高知は台風がきよるとよ。危ないけん、送ってく」
「……」
そういう問題ではなかった。だって私は歩きたいのだ。後悔の気持ちよりイライラしてきた私は、無言になる。
 
「そんなこと言ったって、宿も全部押さえとるし、無理」
心底嫌そうな私の声に、
「じゃあ、ちょっと顔だけ見たら帰るけん」
と父が言う。
その言葉が、私の心をザワつかせる。
 
いったん電話を切った私は、ため息をつく。ジリジリと暑い日差しの中を、歩き出す。
もう、父は高知に来てしまう。大型の台風が直撃しようとしている場所にいる私を心配してくれるのは分かる。記録的な大雨になるだろうという予報も出ている。
 
15年前と同じだ。だったら15年前と同じように追い返すのか?
歩きはじめて数分で、汗が額を流れ落ちはじめる。「歩いているから」と言えば、父は私の顔を見て、本当にそのまま帰ってしまうだろう。でもその選択をする想像すると、心がイライラしたまま落ち着かない。
 
住宅地を抜け、峠に向かう道を、イライラを振り切るように歩く。暑さゆえか、人ひとりいない。
心も体も落ち着かない。修行のようだと思いながら、ふと、どうしてイライラしているのか気が付いた。
私を心配し過ぎなのだ。
心配してもいいけれど、心配のあまり干渉し過ぎることは、信用していないということに繋がる。私は、信用されていないと思うことが嫌だったのだ。
だからといって、15年前と同じようにいきなりやってくる父に、イライラして気持ちをぶつけるだけでいいのだろうか。
 
海を越えてくる親心には心底困ったものだが、心配してくれる人がいることに感謝する気持ちも大切ではないのか。
 
そこまで考えると、ポケットからスマホを取り出した。自分の気持ちを整理できると、心のイライラはおさまった。
8月の暑い時期に、歩いて遍路をする人は少ない。今日泊まる予定の宿は、今から電話をしても空き部屋を予約できるはず。
 
父の車に乗るつもりはないけれど、そもそも年に数日しか会えていない両親だ。今回だって、お正月以来だから8ヶ月振りだ。久しぶりに一緒に過ごす時間ができたと思えばありがたい。そう思いながら、電話をかけはじめた。
 
 
 
 
***
 
 
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2019-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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