「枯れた紫陽花」とパリジェンヌ
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記事:天草野 黒猫(ライティング・ゼミ平日コース)
ある日のことだった。
「私、枯れた紫陽花みたいになりたいの」
その人は赤ワインをひと口、ゴクリとのみこんだ後に、そう言った。
「枯れた紫陽花」だけ聞いているととても不思議な望みだ。
こんな話をしていたのは、この発言の彼女のお部屋。私は、同僚の先輩から自宅に招待されて、夕食を一緒にいただいていた。シンプルだけど、自分スタイルの気持ちの良い空間。そこには、ドライフラワーの紫陽花が飾られていた。
「ドライフラワーの紫陽花もステキですね」
そんな会話の後のことだった。
テーブルには、手作りのシチューとワイン。
「ちょっと牛乳が多めになっちゃった」
と、チャーミングな笑顔でお皿を運んできた彼女は、私よりも15歳近く年上。落ち着いていて、雰囲気がある。
彼女のシチューは、粉末を使わない完全な手作りだった。ゴロリとした肉やじゃがいも。そこに白ワインをたっぷり使ったホワイトシチュー。大人のシチューだった。
粉末で作るシチューしか食べた事のなかった、私には驚きの味。深い味わいに「なんておいしいの!」とレシピまで教わって帰った記憶がある。
「私もフランスでこの味、覚えたの」
そう。彼女はフランスに長く住んでいた人だった。
たぶん、私が異文化を間接的に感じた最初の人だ。
フランスといえば、5年程前に「フランス人は10着しか服を持たない」の本がよく話題になっていた。いわゆるパリジェンヌの生活スタイルをまとめた本だ。パリジェンヌという言葉を聞くたびに、私はこの人の事をよく思い出す。
私よりもかなり年上だった彼女は、もちろん目尻にシワも出はじめていた。しかし、そのシワが笑った時、効果的に彼女のやさしさを引きだしている。
ピッと背筋の伸びた立ち姿。その足元には、よく磨かれた高すぎないヒール。服装はシンプル。だけれど、スカーフや華美でないアクセサリーの取り入れ方がとてもおしゃれだった。
そうだ! あの先輩はまさにパリジェンヌ。
今思えば、パリジェンヌの極意を身につけた人だった。
思わずパリジェンヌを調べてみる。
すると生活スタイルもさることながら、考え方のベースそのものが、そもそも日本とは違っている。
パリジェンヌは他人と違う意見を怖がらない。
自己中心ではないけれど自分らしさを大切にしている。日本の空気を読んで、人にあわせすぎる文化とは逆とも言える。
シワを隠すメイクより笑顔。たくさんは持たないが、心から愛着の湧くものを大切に身近におく。
だから、年をとり経験を積み重ねるほど人生を楽しめるようになるのだそうだ。周囲も若さで美しさを判断しない。積み重ねた、経験や年輪を美しさの価値としている。
そんな彼女が、なぜ「枯れた紫陽花」になりたかったか。
それが最近、私にはよくわかるようになってきた。
彼女の部屋にあった、紫陽花のドライフラワー。
実は、作る時には枯れかけた紫陽花が綺麗に仕上がるのである。みずみずしい色鮮やかな花より、色がぬけて緑も多くなり、もうすぐ茶色になる手前のものを使うのが上手に作るコツだ。
「え? 枯れかけた方がきれいにできるの?」
と思いそうだけれど、そうなのだ。ドライフラワーにするなら、咲き始めよりも咲き終わり。日光をよく浴びて、茎が太い物が美しくできる。
ドライフラワーではなくても、紫陽花の咲き終わりの色は複雑でなんともいえない美しさがある。紫陽花は、若いみずみずしい頃から枯れて茶色になった後まで楽しめる花なのだ。
そんな息の長い紫陽花。彼女の部屋で、紫陽花のドライフラワーを見てから長い時間がたった。
私も彼女と同じくらい、いや、あの時の彼女の年を越えてしまったかもしれない。だからこそ感じる。女性は年を重ねると、年齢で美しさや価値を判断されることが多くなる。
彼女もきっと、「若い頃と違う見られ方」を体験する年齢だった。
だからこそ、枯れかけても役に立ち、重宝される。ドライフラワーになって部屋に飾られる「枯れた紫陽花」になりたいと言ったのではないか。最近そう思うようになった。
美しく年をとるのは難しい。
しかし、美しさの基準は色々ある。
枯れかけて、みずみずしさや色は失っていっても複雑な風合いをもつ紫陽花。私も彼女同様「枯れた紫陽花」のように、上手に色をぬいていけたら……と思うようになってきた。
その為には、たくさんの太陽を浴び、茎を太くする努力をしなければ。
と気張ってみるけれど、なかなか文字通りにはいかないのが現実。
だから、私はお部屋に紫陽花のドライフラワーを置いている。
「枯れた紫陽花」になりたいといった彼女の笑顔と、自分の価値を見失わないように。
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