メディアグランプリ

人の目、神の目、悪魔の目


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記事:佐藤奈緒(ライティング・ゼミ特講コース)
 
 
「現実が『トゥルーマン・ショー』に追いついてきたな」
今日、タクシーに乗った時、ドアの内側に貼ってあったシールを見て思った。そこには、「安全のため、車内を録画させていただきます 」と書いてあった。日本語、英語、中国語で。
 
録画をしているというレコーダーが、車内のどこにあるのか探してみた。運転席のミラーの上に、黒くて四角い、小さなパーツが付いている。「これが巷で話題のドライブレコーダーか」私は思わず、大股に開いていた足を閉じ、目を閉じ、姿勢を正した。
 
ドライブレコーダーが急速に普及してきたのは、「あおり運転」による事故が多発しているせいかもしれない。最近、特に印象に残った「あおり運転」の事件の1つはこうだった。高速道路で前の車がふらふら蛇行して走り、ついには横向きに停車した。驚いて停車したところ、前の車から出てきた男が、後ろの車の運転者を開いた窓越しに思い切り殴った。その暴行の全てが、被害者が付けていたドライブレコーダーにバッチリ録画されていたのだ。
 
バラエティ番組の再現ドラマかと思うくらい、非現実的なまでに残酷な殴り方だった。それはヤラセではなく、本当にあった出来事だ。突然知らない男に襲われた恐怖、殴られた顔の痛みが伝わってくる。あまりの暴力的な行動に、とても正視してはいられない。その映像はテレビやSNSで流され、全国民の知るところとなり、犯人はあらゆる個人情報をさらされた挙句、逮捕された。
 
ドライブレコーダーをつける目的は、このような事件や事故が起きた場合の証拠として残すためだ。録画をしていれば後から原因や犯人を特定できる。うろ覚えの記憶に頼る証言より、映像ほど正確に事実を証明するものはないだろう。タクシーの乗り逃げやカツアゲの防止にも役立つに違いない。
 
そういえば、最近はタクシーに限らず、どこに行っても防犯の目的で監視カメラが付けられている。銀行、コンビニ、スーパー、エレベーター、高速道路、マンション、オフィスビル、駅などなど。都会に住んでいれば、外出した先すべてにカメラがひそんでいると行っても過言ではない。
 
犯罪防止に役立つのは大いに結構だ。しかし、自分が抵抗を感じるのは、見られたくない、恥ずかしいことがうっかり映ってしまった場合だ。例えば、奥歯につまった食べかすを大口開けて指でほじくったところとか、ウェストがきつくてスカートのホックをこっそり外したところを、カメラの向こうの知らない誰かに見られること。あらゆる人前では見せなくないことを、カメラは無慈悲に記録してしまうだろう。このように、無防備にカメラに自分が映る時代は未だかつてあっただろうか?
 
そこで思い出したのが「トゥルーマン・ショー」という映画だ。生まれた瞬間から生活の一部始終をテレビで放映されている男の話だ。彼の住んでいる家や町は全てドラマのセット。彼の世界はスタジオの中で、天気や日の出、日の入り時間さえもコントロールされている。家族や友人はその役を演じている女優・俳優達。スタジオの外には現実世界があり、全国民は彼が産声を上げた日からすべての所業を知っている。成長した彼は少しずつ、異変に気付く。これは本当の世界なのだろうか、誰かがどこかでいつも自分を見ているのはないか? それは神なのか、悪魔なのか? 彼の世界をコントロールしているのは、そのどちらでもなく、全米視聴率No.1 番組「トゥルーマン・ショー」の番組プロデューサーだったのだが……。
 
現在の監視カメラだらけの状況は、あの世界に近づいてきた気がしてならない。自分が今日一日で何個のカメラを見つけたか、数えてみるといい。ある人の一日を、設置されたレコーダーの映像とアップされたSNSで追いかけていけば、その人が何をしたか、すべてわかってしまうだろう。一億総「トゥルーマン」時代だ。
 
誰にも知られるべきでないことを映す、監視カメラの存在。まるで、自分のことを全て知っている存在に24時間見張られているようだ。建物の天井の隅にひっそりと取り付けられた、黒い球体、それはどちらかというと、悪事を好んで見つけ、裁く、悪魔の目のようだ。誰がどんな良いことをしたか、人を助けたか、という美点を探し、優しく見守ってくれる神の目ではなさそうな気がする。
 
これからどんどんドライブレコーダーの設置が推奨され、義務付けられ、付けない人が罰せられることになるかもしれない。そして、街中のカメラに人々は映し出され、体に埋め込まれたチップから個人を特定されるようになった。行った場所から会った人、使った金額、食べた物が全て記録されるのだ。
 
「それは週末に公開されたハリウッド映画の話?」 いや、2020年代後半の、日本のかつて栄えた都市の話だ。多くのSF世界で描かれる、AIによる監視社会は本当に実現するかもしれない。ただ、映像の向こう側にいて、私の一部始終を観るのは、神でも悪魔でもなく、自分と同じ人間のはずだ。
 
これが、タクシーのドアに貼られたシールをきっかけに、私が妄想したことの一部始終である。大丈夫、2019年9月現在、まだ頭と心の中を映すカメラは存在していないから。
 
 
 
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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