これからは書店の時代だ 《CORE1000の可能性》
昔、といっても、そんなに遠い昔の話ではない。
ある国に、火吹きの大道芸人がいた。大サーカスが珍しくはなく、「もうピエロなんて」と言われていた時代に、その火吹きの大道芸人は言った。
「これからはサーカスの時代だ」
当時、多くの人がその火吹きの大道芸人を嘲笑っただろうと思う。
けれども、彼の決意と展望は少しも揺るがなかった。心から、サーカスの時代が来ると信じていた。
そして、彼は自分の理想の、太陽のようにきらびやかなサーカスを作るために実際に動き出した。
まるで、映画『フォレストガンプ』の主人公のフォレストが突然海に向かって走り出し、多くの人やメディアの関心を集めたように、その火吹きの大道芸人は竹馬で海を目指し、当時のメディアの多くに取り上げられた。
彼には目算があった。そうすることによって、自分のサーカスのコマーシャルになると思ったのだ。夢の実現のために彼は自らが広告塔になった。
こうして注目を浴びた彼のサーカスには、徐々にお客さんが集まってきた。
「今まで、誰もみたことのないようなサーカスをつくる」
彼のその理念のもとに、多方面から優秀なスタッフが集まってきた。すると、演目がどんどん良くなってきて、更にお客さんが増え、評判が高まっていった。その評判が、更に超一流のスタッフを呼び寄せた。
その男、火吹きの大道芸人、ギー・ラリベルテは、こうして夢を実現させた。
彼が作ったサーカスこそが、「太陽のサーカス」、すなわち、「シルク・ドゥ・ソレイユ」である。
この逸話は、僕が「書店をやりたいんです」と打ち明けたときに、ある大学の教授が教えてくれた話だ。
この話を聞いて、僕の芯の部分に火が灯されるような感覚になった。まさに、僕がやりたかったのは、「今まで、誰もみたことのないような書店をつくる」ということだったからだ。
そして、教授はこう付け加えたのだ。
「三浦さん、書店とはいわば劇場だよ。これからやれることが無限にある」
たしかにそうだった。書店は、そこを演出する人の采配によって、どのようにも煌めかせることができる。入ってきた人が、目を輝かせて「わあー」と子供のように歓声をあげるような空間を創り上げることができれば、実に面白いだろうと思う。また、何気なく毎日寄ってくれるお客様が増えて、その人達の生活の一部になることができれば、それもまた素晴らしいことだろう。人と出会い、ビジネスのために寄る場所が書店であってもいいかも知れない。コミュニティーセンターとしての役割も書店には期待できる。
そう、書店には無限の可能性がある。
僕は今、2013年の8月を目標にリアル書店をオープンしようと準備をしている。そのプロジェクトを、「TENRO-INプロジェクト」と名付け、4月から本格的に始動させている。このプロジェクトは、簡単に言えば、「本のために何ができるだろうか」という問いから生まれたもので、このプロジェクトが成功した暁には、リアル店舗の「天狼院書店」が生まれることになるだろう。
あるいは、人は「もう書店なんて」と嘲笑うかもしれない。
また、ある人は「もっと賢く稼げる方法がある」と言うかも知れない。
けれども、僕はあえてこう言いたい。
「これからは書店の時代だ」と。
そう断言できるのには、情緒的理由とは別に、より論理的な大きな三つの理由ある。
- 全国の書店には、未開の鉱脈がある。
- 現場からのフィードバックを活かすことができるようになる。
- ソーシャル・メディアの時代にこそ「リアルな場」が必要とされるようになる。
それでは「全国の書店には、未開の鉱脈がある」とは、いったい、どういうことなのか?
そして、「現場からのフィードバック」とはどういうことなのか?
僕は元々、小説家志望であったから、長く、文芸・文庫などを専門として担当していた。しかし、そんな僕が、去年一年間で小説を何冊読んだかと言えば、「ゼロ」である。決して誇れる話ではないが、1冊も読んでいない。
その代わりに何を読んでいたかといえば、すべて、ビジネス書である。
なぜなら、このビジネス書の世界にこそ、数多くの希望が眠っていることに、僕は気付いてしまったからだ。
語弊を恐れずに言えば、僕がそうであったように、書店に入りたいと思った人の動機の多くは、好きな本に関わることができる仕事をしたい、書店が好きだから書店で働きたい、というようなもので、もっと言えば、ここで言うところの「好きな本」とは多くの場合、小説かコミックであることが多い。ビジネス書をやりたくて書店員になる人も確かにいるけれども、それは書店界全体からみればレアケースである。
好きな分野の本や、好きな作家の本であれば、自然、POPを書くのにも力が入る。仕事だということを忘れて、その本を売ることに没頭できる。それはSMAPファンが店でSMAPのグッズを売っているような感覚だ。 そうして作られた棚には、情熱が込められている。愛情が伝わってくる。一般の人が知らない情報までも、その棚に、「並べ方」として表れてくる。 その棚は愛情を込められてよく「耕されて」いるので、必然的に売れる棚になる。
ところが、ビジネスの棚となるとビジネス書にそれほどに愛情を込める人は相対的に少ないから、「耕されている」可能性が低くなる。 ある書店で聞いた話だが、アルバイトスタッフも含めて従業員400人中で、まともにビジネス書の棚を担当できるスタッフが2人しかいなかったという。 そのような状況下において、こんな声が担当者から聞こえてくるようになるのは、考えてもみれば、当たり前のことである。
「うちではビジネス書は売れないよ」
不思議なもので、担当者のこの密かな想いというものは、お客様に伝わるものである。担当者がそう思ってしまえば、お客様は買ってはくれない。 本当は、本気で売る気になって「耕す」ことさえできれば、多くの場合、売れるようになるというのに。 つまり、翻って考えれば、ここにチャンスがあるということだ。 ビジネス書の棚は、まるで荒野である。特に中小書店、地方の書店においてはそれが顕著であり、ここを「耕す」ことができれば、今まで得られていなかった収穫が新しく得られることになる。これは業界の好不況と全く関係のない次元の話である。
それはまるで、採掘され尽くされ、閉山間際かと思われていた鉱山でみつかった、手つかずの鉱脈だ。 それこそが、全国の書店に眠る、未開の鉱脈である。
そう、これからはビジネス書の時代なのだ。
ただし、ビジネス書が実は売れるといっても、ただ今まで通りに平積みしてただけでは、無論、売れるはずがない。ビジネス書に慣れない担当者からしても、とりあえず、何をどうしていいのかわからないというのが実際だろうと思う。
そのために用意したのが、ベストセラーの熾火(おきび)をつくるプロジェクト「CORE1000」である。
「CORE1000」とは、ベストセラーのコアとなる1000冊の実売のことだ。書店の現場で実売1000冊を積み上げていく過程で、試行錯誤を繰り返しながら、その作品がもっとも売れる展開方法を模索するのが、このプロジェクトの趣旨である。
このプロジェクトには多方面にわたって大きなメリットがある。
まずは、どうやれば売れるのかを試行錯誤していく過程で、担当する書店人の中にビジネスマンにとって最も必要な「商魂」が養われるということだ。 おそらく、「商魂」が養われた書店人は、「この本は売れないよ」などと安易なことを口にしなくなるだろうと思う。
売れるかどうかではなく、売るのである。
心から売りたいと思う本を、死ぬ気で売るのである。
ではどうやったら売れるのかということを考えるのは、それからの話だ。
そういったことが、体感的にわかってくることだろうと思う。そして、次第に結果が表れてくると、実売数を積み上げていくことの面白さに目覚めるだろうと思う。
どうやって売るかを試行錯誤して、その結果を僕や出版社に伝えていく過程において、フィードバック能力が養われていくことになる。前のヴァージョンの展開では、どんな仮説が間違っていたのか、またどの仮説が通用したのかを、説明できるようになってくると、売場の販売能力は飛躍的に上昇するようになる。
それは、まるで、F1において、抜きんでてフィードバック能力が高かったミハエル・シューマッハが、最も早い車を作ることができたのと同様の理屈である。
このフィードバック能力は、書店の現場はもちろんのこと、出版社においても大きな財産となる。 ちなみにここで言うところの「フィードバック能力」とは、簡単に言えば、売場の現場で起きていることを正確に制作チームへの伝えることができる能力のことである。
試行錯誤の中で、優れたフィードバック能力を活用して、徐々にその売場の最大値へと近づいていく。
それは、ひとつの売場においてだけ行われることではない。
10~20店舗の協力店において、その試みが為されることになる。そうすることによって、より多くの生きたデータを収集することが可能となり、それをまとめることによって、その商品における「売り方マニュアル」を作成することができるようになる。これはもちろん他の売場でも同様の実売結果が表れるように、「再現性」を重視したものでなければならない。 こうしてできあがった「売り方マニュアル」の中には、たとえば、最も効果のあったキャッチコピーや展開方法、販促物などが記されることになり、営業部は、これを元にパネルや販促物を作り、各店舗の実売やランキング情報などのエビデンスを示しながら、拡販店舗を全国へと広げればいい。
これがCORE1000の大まかな流れである。
ただし、CORE1000には今のところ、大きなデメリットがある。 それは、ひとつひとつの行程に手間がかかるので、今の段階では、多くの作品を手掛けることができないということだ。
それなので、実に勝手ながら、「CORE1000」のサービスを提供させていただく作品は、こちらで「任意かつ一方的に」選ばせてもらうことにしている。 作品は厳選に厳選を重ね、本当に売って世の中に広めたいと思った本だけを「CORE1000ノミネート作品」として発表させてもらっている。
そして、今回、第一回目のCORE1000プロジェクトが始動することになった。
第一回目の作品は『小さく賭けろ!』(日経BP社)ピーター・シムズ著。
また、ちょうどパネルのデザインが仕上がってきたので、ここで紹介しておこうと思う。
自分の売場で展開したいという方のために、PDFのデータも公開しておこうと思う。
すでに書店の何社かがCORE1000プロジェクトへの参加を表明してくれている。いずれも業界における猛者とも言える書店人がいるところであり、販売意識の高さとフィードバック能力の高さを主眼においてお願いした。 また、これからも書店を回りながら、協力店を増やして行こうと思う。
我こそはと思う書店人は、ぜひ、この機会に「CORE1000」プロジェクトに参加してほしい。そして、試行錯誤を繰り返しながら、実売数を積み上げていくことがどういうことなのかということを、体感してほしい。 もちろん、このプロジェクトはビジネスである。 コアの協力店には、その協力に応じた利益の配分も準備している。けれども、それ以上にこのプロジェクトに参加することによって、ビジネスマンとしての商魂が養われ、売場が「耕される」ことにより大きな意義があるのだと思う。
また、この試行錯誤の様子は積極的に公開していく予定なので、ぜひ、売場の構築の参考にしていただければと思う。
僕が「これからは書店だ」という理由のふたつと、CORE1000の概略については、大方、ご理解いただけたと思う。 ちなみに、CORE1000の詳細については、書店の方も、出版社の方も、著者の方も、直接、僕にお問い合わせいただきたい。
最後の項目、「ソーシャル・メディアの時代にこそ「リアルな場」が必要とされるようになる。」については、また次回、お話できればと思う。
》》「書店人に告ぐ」
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