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週刊READING LIFE vol.90

玄人こそが唸る漫画、鬼滅の刃《週刊READING LIFE Vol,90 今、この作家が面白い》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
鬼滅の刃ブームが留まるところを知らない。
 
先に断るが、私は紙単行本派なので、既刊21巻までしか読んでいない。週刊少年ジャンプ本誌ではとっくに最終回を迎えているが、私の中ではまだ終わっていない物語だ。ジャンプのアプリで先を読めることは知っているが、紙の本を手にするまでその楽しみは残しておきたいのである。だから22巻、23巻の発売が待ち遠しくてたまらない。そんな自分自身のために、鬼滅の刃に興味を持っていてもまだそのコンテンツに触れたことがない方のために、ネタバラシは極力しないように心がけようと思う。
 
さて、改めてもう一度言うが、鬼滅の刃ブームが留まるところを知らない。
 
Amazonプライムでアニメ版をずっと公開しているのが確実にブームを後押ししている。プライム会員でない場合、お試しで30日間は無料期間となっているので、その間に視聴を終えることが出来る。もともとプライム会員ならば他に追加料金は発生しない。話題の何かをちょっと観て見ようかなと思う時、初期投資がかからないというのはとても魅力的だ。そしてこの神がかった仕上がりのアニメが、新しい視聴者のハートをガッシリと掴んで離さないのだ。そして鬼滅ファンになってしまったが最後、物語の続きを求めて単行本を購入してしまい、空前のコミックス売上をさらに押し上げることになるのだ。
 
ブームはもはやコミックスだけにとどまらない。若者向けのアパレルショップで、鬼滅の刃のキャラクターの衣服をモチーフにしたデザインの服が目立つところに飾られている。キティちゃんやポケモンのぬいぐるみが並ぶファンシーショップで、鬼滅の刃デザインのタンブラーがうず高く並んでいる。砂場で遊ぶ女児が、キャラクターが着ているのと同じ模様の羽織を纏っている。男児たちがチャンバラごっこをしながら、「水の呼吸 弐の型!」など技名を叫ぶ。芸能人は競い合うように物語の感想を語り合う。お菓子や文房具のコラボはもはや数え切れない。
 
一体なにが、ここまで私たちを惹きつけてやまないのだろうか。鬼滅の刃以外にも、Amazonプライムで公開されているアニメはたくさんある。それらも同じように人気が出てもよさそうなものだが、鬼滅の刃ほどの爆発的なヒットとはならなかった。鬼滅の刃と、その他の作品と、いったい何が違うのだろうか。
 
その違いこそが、作者である吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)の才能のなせる業なのだ。
 
私は子供の頃からずっと漫画が好きで、メジャーな作品はまあまあ読んできている方だと思う。だからこそというと自惚れかもしれないが、鬼滅の刃という作品には、吾峠の異様とも言えるこだわりや作り込みを随所に見て取ることができる。もちろんそんなことを読み解かなくても十分楽しめる作品であることは間違いない。というよりも、吾峠は鬼滅の刃という作品の中で、あんなにも散りばめられているこだわりをごく自然なものであるかのように扱っているのだ。普段は漫画を読まない人たちには、そうした部分が琴線に響いているのではないかと私は推測している。
 
だから今日は、吾峠呼世晴という新しい天才について、思う存分語ろうではないか。

 

 

 

吾峠呼世晴を語ると、ほぼほぼ鬼滅の刃を語ることになる。鬼滅の刃は吾峠氏の初連載で、それ以前はデビュー作を含めて読み切りが四本掲載された。編集部から才能は認められているものの、連載となると今一つということで、なかなか企画が通らなかったらしい。鬼滅の刃も、一度目の連載企画では、主人公が暗すぎるということでボツになってしまったそうだ。そこで当時の担当と相談した結果、竈門炭治郎(かまどたんじろう)という主人公が誕生することになった。
 
炭治郎は炭焼きを生業とする竈門家の、六人兄弟の長男だ。彼は家族全員を鬼に殺されてしまい、しかも妹で長女の禰豆子(ねずこ)は鬼の血が体に入り込んで鬼と化してしまう。彼女を人間に戻す方法を探るため、炭治郎が鬼と戦う鬼殺隊に入る決意をするところから物語が始まる。この炭治郎、本当に人が良い。少年漫画の主人公はだいたい人が良いが、炭治郎の人の良さは一味違う。それは彼のアイデンティティが「長男」に依拠しているからである。それも、現代的な感覚の長男ではない、物語の舞台となる大正時代の長男だ。
 
竈門家では、父親は病弱で、鬼の襲撃、物語が始まるよりも前に病死してしまっていた。そのため炭治郎は十二歳程度、現在の小学六年生程度で、竈門家の生業を支える大黒柱とならざるを得なかった。薪を割り、炭を焼いて、町まで売りに行く。商売の相手は皆大人だ、竈門家の事情は知っていても、きちんとした態度でなければ相手にされないだろう。父の代わりとして商売をし、母を助け兄弟を守ってきた炭治郎は、人が良く品行方正で、融通が利かず、そして我慢強い。そんな炭治郎の人となりが、物語の随所に現れる。鬼になってしまった妹の図体を見て「大きくなったなあ」と微笑んだり、着物を買ってやりたいと独白したり、鬼殺隊の仲間にも時として見当違いな気遣いや面倒見の良さを見せたりする。そして鬼滅の刃ファンほぼすべてが衝撃を受けた台詞がこちらだ。
 
「俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」
 
鬼に食らった傷が癒えないまま、更なる強敵と対峙した時の炭治郎の独白だ。痛みをこらえていた理由を、自分は長男だから我慢できた、と言ってのけたのだ。長男は我慢強い。確かにそんな風に言われていた時代があったかもしれない。実際のところ次男が我慢強くないのかどうかは分からないが、とにかく炭治郎は長男は我慢強いもので、傷の痛みも「俺は長男だ」と鼓舞することで耐えていたというのである。
 
現代の日本の感覚で、長男は我慢強いなどと言えるだろうか? 少子化が進み、男性の多くが長男であることが推測されるが、それは我慢強さとセットなのだろうか? いや、少なくとも現代の長男たちは、それだけで我慢強いことを強いられているわけではない。炭治郎は六人兄弟で、決して楽ではなかった日々の暮らしの中で、長男だから、おやつや好物を下の子に与えたり、遊ばずに家業を手伝ったりと言った我慢が積み重ねられてきたのだろう。そう考えると、炭治郎のような性格は、私達から見て祖父や曽祖父くらいの人物を想定すると実にしっくりくる。現代人が驚くほど我慢強い老人たちも、炭治郎のように自分の役割を言い聞かせながら我慢をしていたのかもしれない。
 
吾峠呼世晴は、これだけのことを、上記の台詞に端的に込めたのだ。
 
それは大正時代という設定に配慮したのかもしれない。炭治郎というキャラクターをより生き生きとさせるための工夫だったのかもしれない。どちらなのかは窺い知れないが、この台詞は、鬼滅の刃という物語が、連載当時は平成、現在は令和を生きる私達とは違う時代であることを強烈に印象付けたのだ。それを技法ととって戦慄した人もいるだろうし、単にちょっと面白い台詞、と捉えた人もいるだろう。そのどちらでも構わないのだ、この台詞がしっかりと印象に残ることで、くだらない説明をダラダラと書き連ねるよりも遥かに効果があったことは自明の理である。
 
台詞を一つ一つ解説していたらどれだけ書いても終わらないのでこのあたりでやめておくが、吾峠呼世晴は印象に残る言葉を選び取るのが抜群にうまい。そしてそれらは、どこかでみた印象的な言葉の借用ではなく、吾峠自身が練り上げて作り上げた言葉なのだとすぐに分かる。他の漫画、他の小説、どこを見回してもこんな言葉は鬼滅の刃以外で見たことがないのだ。やめるといいつつもう一つだけ紹介したい台詞が下記である。
 
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」
 
第一話の名シーンの一つである。鬼になってしまった妹の禰豆子を、鬼殺隊の剣士、冨岡義勇が退治しようとする。炭治郎は自分の妹だ、殺さないでくれ、と義勇に嘆願し土下座をする。それを見た義勇が炭治郎に向かって吼えた台詞だ。土下座するあたりが、炭治郎の礼儀正しさをよく表し、それと同時に無力な子供であることを際立たせている。義勇は妹を守りたいという行動の結果が土下座では妹を守れないことを荒い言葉で諭す。土下座をしても相手がそれを尊重するとは限らない、その間に妹は殺されていてもおかしくはないということだ。
 
こんな台詞、パッと思いつくものだろうか? よくある少年漫画なら、意味合いを変えないにしても「ふざけるな!」「甘えるな!」「弱い奴が何を言う!」くらいではないだろうか。それでも十分、主人公は打ちのめされるだろう。物語の大筋は変わらず盛り上がったシーンとなるだろう。だが、実際には上記の台詞だった。この台詞、炭治郎の何が義勇の癇に障ったのか、実に明瞭に表している。炭治郎がどうすればよかったのか、その後を読み進めなくても直感的に分かる、それによって、義勇が感じた嫌悪感を理解することが出来る。こんな台詞、他にあるだろうか? 明瞭なだけではなく、発言者の感覚まで理解させてしまう台詞を、どうして吾峠呼世晴は思いつくことが出来たのだろうか?
 
鬼滅の刃の台詞を追いかけていくと一事が万事この調子だ。今度こそ本当にやめて別の話をしよう。私が鬼滅の刃の世界観でよく出来ていると思うのは、強さがインフレしないところだ。インフレはもともと経済用語で、物価が上がっていく状態のことを指す。少年漫画では、主人公たちがどんどん強くなっていった結果、初期の強いキャラクターが雑魚のように扱われてしまう現象を「強さがインフレしている」と表現する。鬼滅の刃にはそれがない。主人公の炭治郎は鬼殺隊の入隊を決意してから、必死に修行して強くなっていく。鬼との実戦を通して目覚ましく実力をつけていく。だが、それでも物語の序盤で登場した鬼殺隊の最高位の剣士、「柱」たちには届いていない、という位置づけなのだ。まだ最終回を読んでいないので、その辺りには炭治郎がさらに成長して覆されているのかもしれないが。
 
最初に示された最強の剣士たちが、最強のまま最後の敵に立ち向かっていく、そこに及ばずながらも実力を付けた炭治郎が加わっている。修行や傷の回復には時間がかかり、鬼という化け物を相手に人間が戦っているので、炭治郎より強い剣士でも命を落とすこともある。そのあたりもしっかりと描写されていることで、炭治郎も私達と同じ人間で、血のにじむような努力をして強さを手に入れていったのだと気づかせてくれる。そうしたリアリティの追求が、あまり少年漫画に親しんでいない層にも響いたのではないだろうかと私は推測している。
 
リアリティという意味では、炭治郎以外のキャラクター造形もとても精緻に作り込まれている。鬼殺隊の一人ひとりが、身内や親しい人を殺され、敵討ちを志して入隊している。鬼もまたかつて人間であり、鬼になるだけの凄惨な理由が隠されている。それぞれの理由は物語本編で語られることもあれば、コミックスのおまけコーナーにひっそりと書かれることもある。一人ひとり生きた人間としての物語が作り込まれているが、本編に必要なければそれらを無理に取り上げることはしない。吾峠呼世晴のストーリーテリングにおいて、恐るべき取捨選択とも言える。中途半端な才能の持ち主なら、自分が設定を作り込んでいることをひけらかすように物語に盛り込み、制御できなくなって本筋をつまらなくしてしまうところだ。
 
これだけしっかりとキャラクターと世界観が作り込まれている鬼滅の刃という作品、もともとの主人公は炭治郎ではなかったらしい。公式ファンブックによれば、主人公は盲目、隻腕、両足義足という設定だったそうで、それゆえに連載会議では「世界観のシビアさと主人公の寡黙さ」がネックとなって通らなかったそうだ。そこで担当編集者がもっと普通の人を主人公に据えたらどうか、と提案したところ、吾峠は当時サブキャラクターとして考えていた炭治郎を推した、ということなのだそうだ。
 
大正時代のどこにでもいそうな、善良な少年の炭治郎。長男で優しいけれど融通が利かない炭治郎。ある日突然日常を壊された炭治郎が、妹を救うために鬼殺隊に入隊する──もしも炭治郎が主人公でなかったら、鬼滅の刃はどんな作品になっていただろうか。そんな妄想に思いを馳せるが、それでは連載会議を通らず、こうして私達が作品を見ることも叶わなかった。鬼滅の刃の主人公は炭治郎になったが、この物語の登場人物は、誰しもが主人公になり得るだけのエピソードと想いを胸に秘めて戦っている。普通、主人公を変えて物語を書き直して、と言われても、そう簡単に再構成できるものではない。吾峠呼世晴は、それだけ物語をしっかり作り込んでいて、更にそれぞれのキャラクターの目線から物語を体感し、それを漫画として書き起こすことができるのだ。大昔にほんの少しだけ小説を書いていた私にとって、吾峠はとんでもない化け物のような才能を持っているとしか思えないのだ。

 

 

 

語り出したら止まらないのがオタクだが、あんまり語るとネタバラシをしてしまうのでそろそろ店じまいをする。最後に一言だけ、敵の造形のおぞましさが見事、と言いたい。人間と似て異なる外見的な造形は嫌悪すら感じる禍々しさだし、鬼ならではの思考が炭治郎達の神経を逆撫でするのも背筋がむずがゆくなるような心地だ。それでいて、人を喰らう鬼としての思考はこういうものなのだ、と不思議と納得されられる説得力もある。悪役が悪事を働く目的を描くのは、善良な人間にはなかなか難しいが、鬼滅の刃の鬼たちは全くぶれる様子がない。吾峠呼世晴とは何者なのだろうか、鬼なんじゃないのか? 鬼だったことがあるんじゃないのか? そんな風に思わせる残虐な鬼たちに炭治郎と禰豆子が挑んでいく様を、ぜひご自分の目でも確かめて頂きたい。
 
鬼滅の刃には、本当に多くの魅力が詰め込まれている。漫画をたくさん読んでいる人こそ、吾峠呼世晴の異様な才能を目の当たりにし、驚きながらその世界観にのめり込むようにハマってしまうだろう。だが決して玄人だけに向けた小難しいテクニックを使っているわけではなく、漫画を読み慣れていない人でも、その魅力を無意識に拾い集めて虜にしてしまう。それこそが天才のなせる業なのだ、マスターピースと呼ぶにふさわしい傑作なのだ。
 
まだお読みになったことがない方は、ちょっとは読みたくなってきただろうか。最初にも書いたが、アニメ版はAmazonプライムでいつでも視聴できる。単行本は相変わらず品切れしている巻もあるようだが、書店店頭なら比較的手に入りやすいと思われる。探し回る、あるいはかさばるのが嫌なら電子書籍であれば確実・即日手に入れることが出来る。ぜひともこの物語に、吾峠呼世晴という天才に触れてみてほしいのだ。
 
もう鬼滅の刃を読んでいて、それでこの記事を読んでくださった方、とてもありがとう、私は嬉しい。いつかあなたと一緒に鬼滅談義ができたら私は夢のように嬉しいと思う。
 
とにかく、みんな読んだ方がいい、鬼滅の刃!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
https://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2020-08-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.90

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