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週刊READING LIFE vol.91

そしてきょうも口角をあげて!《週刊 READING LIFE Vol,91 愛想笑い》


記事:竹下 優(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「そりゃ孫やけん、2人とも可愛いけどね。
あの子の方が、真心が感じられるけん可愛いたい。
あんたも優しいっちゃ優しいけど、あんたの優しさは“気を遣って優しい”けんね」
 
17歳の私には、その言葉だけで十分だった。
生まれて初めて、“腸が煮えくり返る”というのは、こういう事かと体感した。
 
当時70代半ば、隣の家にひとりで暮らしていた祖母は
暇を持て余すと、しょっちゅう我が家に遊びに来た。
宿題をしていても、大好きなテレビを観ていても、お構いなしにしゃべり倒す。
耳が遠いせいで、いつも大声でまくしたてるので、何をしていても耳に障り、一時中断せざるをえない。
話題もいつも同じで、持病の検査結果についてか、
テレビで観た健康法についてか、あるいは贔屓の野球チームの戦績について。
そのいずれにも興味の無い私にとっては、
「いつまで喋るんだろう……まだ帰らないのかな……」というのが率直な感想だったが
いやいや、年老いた祖母も寂しいのだろう、無碍に扱ってはならないと言い聞かせて
笑顔で相槌をうっていたというのに。
 
それを「本当の優しさじゃない」とは随分な言い方ではないか。
話をろくすっぽ聞かずに、部屋の片隅を陣取り、
ブロックで遊んでばかりいる5歳年下の弟の
この態度のどこに“真心”があるのか、教えてもらいたいものだ。
 
「あの子の方が、まだ幼くて可愛いって言いたかっただけよ。
あんたの方が、大人やけんさ。
言い方が下手くそやけん……ごめんけど、分かってあげり」
ショックと腹立たしさで困惑を隠せない私の様子を察して
母がそっと言い添えた。
 
私の方が大人。
そう、大人だから、ちゃんと気を遣ったのに、それなのに……!
 
私があの時の祖母の発言に憤ったのは
“あんたは可愛くない”と言われたも同然だったから、というよりも
“気を遣った優しさ”というものが否定されたから、というのが大きかったのだ。
 
我が家では幼い頃から、
他人に対して“愛想良く振舞う”ことを厳しく教え込まれてきた。
すれ違うご近所の人には、笑顔で大きな声で挨拶をすること。
電話に出る時は、感じよく伝わるよう、いつもより高い声で話すこと。
そう躾けられ、忠実に守って育った私にとって
祖母の発言は、自分のアイデンティティを揺るがすような破壊力を持っていたのである。
 
私の優しさは、本物の優しさじゃないの?
愛想良く振舞うって、良いことじゃないの?
 
実はその矛盾には、思春期を迎える頃からしばしば直面してきていた。
幼稚園でも、小学校でも
“笑顔で明るく挨拶をすること”は褒められることだった。
母だって、よそからの電話にはいつもより高い、よそゆきの声で出ている。
 
正しいことの、はずなのに。
 
成長していく過程で、
近所の大人に元気良く挨拶する子は“ぶりっ子”、
いつもニコニコしている子は“愛想笑いばっかり”と陰口を叩かれる事がある。
そして、どうやら大人の世界においても
“愛想笑い”は良くないことのように受け止められているきらいがあるのだ。
 
でも、今更どうしろっていうんだろう。
元来、短気でワガママな私には
“いつだって心から笑顔で、ご機嫌で過ごし、相手をハッピーにする”なんて
土台、無理な話だ。
 
私は、変わるべきなのだろうか。
でも、どうやって? どんな風に……?
 
その答えを垣間見た気がしたのは、17歳のあの日から7年後。
24歳の、秋のことだった。
 
「いつもこの時間、ニコニコしてここに立ってるから、大変そうだなぁと思ったのよ!」
その人は優しい眼差しをこちらに向けた。
 
24歳、駆け出しのTVディレクターとして奔走していた私は
毎週金曜日の午後、福岡イチの繁華街・天神で
カメラマンを連れて“あるミッション”に挑んでいた。
 
それは、【街頭インタビュー】。
映像そのものに複雑なテクニックを必要としないうえに
多くの人たちと話をするので取材スキルが養われるという
いわば“新人の登竜門”である。
 
「最近“おいしい!”と思ったものの写真を見せてもらえませんか?」
「今年流行のコスメ、あなたは試しますか?」
20-40代の女性をターゲットに、情報番組で使用する質問を20人程度。
当然、声をかけても全員に答えてもらえる訳ではないので
「すみません、少しお時間宜しいですか?」と話しかけるのは50人を超える。
「あー、急いでるんで……」と足早に通りすぎられることもあれば
無視されることも、舌打ちされることも
「うるっせーな!」と怒鳴られることも日常茶飯事だ。
 
まぁ、無理もない。
TVカメラが突然近づいてくるのだから進行の邪魔だろうし、
インタビューに答えたからといって、お金が貰えるわけでもないし。
「何でこんなヒドい態度をとられるの!」と、
悲しんだり怒ったりする権利は、ないよな。
鷹揚に構え、「次はきっと止まってくれる!」と信じて、ひたすら声をかけ続けた。
 
何週間も挑戦していると、次第にコツを掴んでくる。
大切なのは、“出会って5秒”。
「こんにちは、すみません」と言い終わるかどうかまでの印象なのだ。
 
ここでまず、“怪しい人ではない”と分かってもらうこと。
目の前の“あなた”に関心があるのだ、話を聞きたいのだという想いを伝えきること。
 
何を隠そう、そのために必要だったのが
笑顔と、聞き取りやすい高めの声だったのである。
 
丁寧で誠実な印象になるよう、語尾をのばさない。
相手が「え?」と聞き返さなくて良いよう、ハッキリと。
少し高い、明るい声で話しかける。
「すみません」
 
さらに、相手がつられて笑顔になってくれるよう
くっきりと口角を引き上げ、
相手の目をまっすぐ見つめてほほえむ。
 
私にとっても、相手にとっても
この出会いは「何十人のうちのひとり」なのだけれど
その瞬間は「私とあなた」1対1のやりとりであることを絶対に忘れない。
そう意識するようになってから、
足を止めてくれる人は格段に増え
当初は4時間以上かかっていたインタビュー取材も、1時間を切るまでになった。
 
そんなある日のこと。
「美味しいものの写真を見せてください」という企画で
どうしても、“あと1人”が捕まらなかった。
 
化粧品に興味がある人、流行に関心が高い人なんかは
歩いている姿を見ていれば何となく分かるものの、
“美味しいものが好きそうな人”というのは、見かけでは判断が出来ない。
運よく立ち止まってもらえても、
「外食はあまりしないので……」とかえって困らせてしまったり。
 
どうしたもんかなぁ……
すっかり途方に暮れたところだった。
 
「きょうは何の取材をされているんですか?」
 
10歳ほど年上だろうか、
くりっとした瞳が印象的な、やわらかい雰囲気の女性が話しかけてきた。
 
「きょうは“美味しいものの写メを見せてください”というお願いをしていて……」
「あ! それならお役に立てそうですよ。これなんかどうでしょう?」
グツグツと煮立った土鍋に、こってり飴色のお肉と春雨が鎮座した写真。
きたー! 神様!! 心の中でガッツポーズをきめた。
「これ、物凄く美味しそうですね! 詳しくお話聞かせて頂けませんか!?」
 
彼女はにっこり微笑んで、快くインタビューに応じてくれた。
美味しいものを食べ歩くのが好きで、
外食好きな友達と月に数回、「美味しいものを食べる」ために集まること。
料理が出てきた瞬間、あまりに美味しそうな姿に
来られなかったメンバーにも見せてあげたいと思って、写真を撮ったこと。
グツグツという音も食欲をそそるので、動画も撮っておけば良かったと思っていること。
 
始めはインタビューに答えてくれるのが嬉しくて
いつもの通りに“相手への関心”をきちんと示そうと
笑顔で話を聞いていたのだけれど、
気づけばこちらまで楽しくなってきて
2人の距離がどんどん縮まっていくのが分かった。
 
「あの、どうして話しかけてきてくださったんですか?」
インタビューが終わったあと、気になって聞いてみた。
 
「私ね、習い事の通り道だから、毎週この時間にここを通るんです。
いつもあなたが一生懸命、ニコニコ、目をくるくるさせながら
沢山の人に話しかけていたから印象に残っていて。
協力してあげたいな、と思ってはいたけど、
化粧品とかお洋服とか、そういうのは詳しくないから
お力にはなれないかなぁ……ってずっと横目で見てたんです。
きょうは困っているみたいだったから」
 
いや、確かに、自分なりに一生懸命やってはいたけれど
まさかこんな形で、こんな出会いに結びつくとは……!
“愛想”から始まる縁もあるんだなぁ。
これまでの自分を全て肯定されたような、包み込まれるような優しさに胸がいっぱいになった。
 
その一件以来、毎週顔をあわせるようになった私たちは
お辞儀を交わす「ペコ友」から
少し言葉を交わす「知人」になり、
今では時折、美味しいものを一緒に食べに行く「メシ友」となっている。
 
“愛想”というのは、もしかしたら
オーブンの予熱みたいなものかもしれない。
彼女と食後のデザートを食べていると
たまに、そんな事を考える瞬間がある。
 
クッキーやケーキを焼く時は
均一な温度で、なるべく短い時間で焼き上げることが
美味しく仕上げるポイント。
だから、オーブンにあらかじめ熱を加え、
庫内の温度を一定にしておくことで
焼きムラ、乾燥を防いで、美味しくするのだそう。
 
人と人の関係も、きっと同じ。
壊れやすく、変わりやすいものだから。
 
人と人の距離を縮め、
その関係に熱を加えていくための準備というか。
前もって少しあたためておくことで、
より、豊かな関係性を紡ぐ期待を高めるというか。
 
その“ひと手間”をかけることで
きっと、美味しい想いを分け合うことができる、はずだから。
 
あえて大きな声で、こう主張したい。
 
「愛想笑い、大いに結構!」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
竹下 優(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

生まれてこのかた福岡県から出たことのない、生粋の福岡人。
趣味は晩酌、特技は二度寝と千鳥足。

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2020-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.91

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