週刊READING LIFE vol.91

悩める11歳男子の愛想笑いの行方《週刊READING LIFE Vol,91 愛想笑い》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「担任の先生から呼ばれて、友達はいるのかと聞かれた」
 
3年前の出来事だ。5年生になる息子が夕食時にポツリと言った。
 
「それで、どう答えたの?」
 
「うん、いると答えたよ。『友達は誰?』って聞かれたから、ジェイムス(仮名)って答えた」
 
「それで、先生は何て言ったの?」
 
「ジェイムスの家の電話番号を教えてもらって、もっとプレイデートをしなさいって」
 
我が家はアメリカ在住で、プレイデートとは、友達と学校以外の時間に約束して遊ぶことだ。
 
プレイデートは、近所の友達と遊ぶ時は別として、私が住む地域の5年生の場合、日本のように子どもたちが公園などで待ち合わせして自転車で自分で行くということはあまりなく、親を通じて連絡を取り合い、時間を決めて車で子供を友達宅まで連れて行って、どちらかの家で遊ぶということが多い。
 
私は息子の友達のお母さんと知り合う機会も少なかったし、毎日が必死で、自分から息子の友達のママ友を作るところまで余裕がなかった。そのため、積極的に息子の友達の親御さんたちと連絡先を交換するとか、プレイデートの設定をすることをしてこなかった。息子の友達のお母さんからお誘いいただいた時は、遊びに行かせていただいたことはあったが、息子がジェムスと友達だということはその時初めて知ったし、ジェイムスとプレイデートもしたことはなかった。
 
どうして、いつも忙しくしている担任の先生がわざわざ息子を呼んで、友達がいるかどうかを聞いてきたんだろうかと私は考えた。
 
「なんで先生、そんな事聞いてきたんだろうね?」
 
私は息子に聞いた。
 
「2人でペアワークをするときに、僕が一人余ることが多いからって」
 
私は息子が3年生の時に別の担任の先生に言われたことを思い出した。
 
「息子さんは、女子とも嫌がらずペアになってくれるからとても助かってます」
 
と。
 
多分、授業の中でペアワークをするときに、男女一人づつ余ってしまった場合、女子とペアになることを拒む男子もいたりするのだろう。男女にこだわらずに誰とでもペアワークができると息子を褒めてもらったような気がしていたのだが、よく考えたら、そのころから特にペアになれる気の合う男子の友達が少なく、息子も男子の中で一人余っていたのではと、そのときにはっと気がついた。
 
「僕、友達があまりいないんだよ」
 
息子が伏し目がちに言った。
 
息子はそれまで友達がいないことで悩んだことはなかったし、たまにプレイデートに誘ってもらって遊びに行かせてもらったり、誘っていただいた方はうちにも遊びに来てもらった。誕生日会に招かれたこともあったので、特定な子といつも遊んでいる風ではなかったけれど、友達が少ないとは思ったことはなかった。
 
それにまだ5年生だと、男子は女子と違って特定のグループで行動するのではなく、周りにいる子と誰でも遊ぶものなのかなと勝手に思い込んでいた。
 
私の勝手な推測だが、学年の中でも誕生日が遅く、第一子で精神的に幼いため、息子自体も自分には友達が少ないということには、5年生になって先生に呼ばれて、友達がいるのかと訊かれるまで気がついていなかったのではないかと思う。
 
担任の先生は、息子を心配して声をかけてくださったのだと思うけれど、その親切心が息子の友達との関係を意識するという感情のスイッチを押してしまったような気がした。

 

 

 

それからというもの、息子は学校には毎日行っていたけれど、心なしか元気がなくなり、口数が少なくなっていった。夕食時に、「今日はランチの時間、一緒に食べる人がいなかった」と私に打ち明けたこともあった。(私達が住む町は5年生から中学生になる。昼食はカフェテリアで、好きな友達と自由に座って食べるのだ)それを聞いて、私はいよいよ心配になってきた。
 
その後も、息子自体も自分から友達になりたいと思っている子に話しかけたりしていたようだが、話しかけても、すっとあっちに行ってしまうと言った。一緒に話をしていても、「面白くない」と言われたとも言っていた。私は想像した。愛想笑いをしながら、勇気を出して友だちになりたい子に話しかけている息子の様子を。そしてその結果、相手にされないくて辛い気持ちになっていた息子の姿を。
 
代われるものなら自分が息子の立場と代わってあげたいと思った。
 
息子は日本なら小学校5年生だ。家族よりも友達との関係が大事になっていく時期に、学校で孤独を感じていると知り、親として胸が締め付けられるような思いだった。

 

 

 

しばらく状況は変わらなかったが、6年生になったある日、息子は言った。
 
「僕が日本人だから、友達ができないんだ」と。
 
私は、「もし、それが本当なら問題だよね。学校に相談しに行こう」と言った。だが息子は即座に首を横に降った。
 
「そんな事をしても無駄だよ。先生の前ではみんな良い子なんだ」
 
息子の言うことも理解できた。この歳で親が必要以上に子供の友達関係に首を突っ込んだ場合、結果的に状況を悪くしてしまう可能性も否定できなかった。
 
そのうちに、町のサッカーのチームで、息子はチームメートから試合ごとにダメ出しを食らうことが重なり、サッカーを辞めたいと言い出した。さらに、女子から、「髪型がきもい」と言われたりするようになった。
 
サッカーのチームで試合ごとに息子に批判する子は、どうも息子以外にもやっているようだった。そのため、息子の技術を伸ばそうと、チーム以外のコーチの練習を受けさせ、相手に文句を言わせないようにしようと私は考えた。
 
しかし、まだ日本だと小学校の高学年なのに、髪型についていろいろ、それも異性から言われるのには驚いた。私が6年生の時、時代は違うかも知れないが、ブラシで髪をとかすくらいはしていたと思うけれど、たまには寝癖がついたまま学校に行っていたように思う。アメリカでは、もちろん地域や個人によるのかもしれないが、5年生でもヘアワックスでおしゃれにセットして学校に来る男子もいるらしい。スニーカーも早い時期からマジックテープのものは「子供っぽい」とからかわれるから紐靴がいいと息子が言っていた。私服で通学するからか、外見も結構気にしなくては、周りの子からダメ出しをされる有様だった。まだ11歳になったばかりなのに、厳しい世界で息子はがんばっているのだなと考えさせられた。新しいスニーカを買ったり、オシャレなサロンで髪型をスッキリさせたり、高価なものは買えないけれど、物やお金で解決できることはまだいい。だが、日本人であるから友達ができないとなると、それは生まれ持ったもので変えることができない自分の大切なアイデンティティの一部だから、どうしたものかと考えた。
 
何もしてあげられない自分が歯がゆかった。また、子供が小さいときから積極的にママ友を作って、友達と遊べるように努力してこなかった私を責めた。この状態で自分ができることは、自分も中学時代は友達に恵まれなくて、辛い思いをしていたけれど、高校、大学に上がるにつれて、磁石で引き寄せられるように、徐々に気の合う友達ができてきたという体験談を話して聞かせるくらいだった。
 
中学時代は、市立の中学校の場合だと、たまたま同じ町で同じ学校に通っているという本当に小さな社会での中での人間関係の中に身を置いているということ。その後、高校、進学した場合、大学、職場、趣味の場と、残りの人生でまだまだ出会う数多くあり、そこには、様々な価値観の人やバックグランドを持った人と出会うチャンスが待っている。特に、日本とアメリカの2つの文化をもち2ヶ国語を話せる息子は、さらにいろいろな人と知り合える可能性があるのだ。友達の数は少ないけれど、小学校の時から仲良くしてくれている子はいた。いつも会っているわけではないけれど、クラスが代わってもプレイデートに誘ってくれる子で、ご家族が優しくて私も信頼を置いている。今いる友だちを大事にして、愛想笑いをしないと友達になれない子とは無理して友だちになる必要は無いんじゃないか。月並みな事になってしまうが、友達の数が多い事がいいと考えがちだが、数が多ければいいのではなく、外見にとらわれないで、どんなことがあっても友達でいてくれる子が本当の友達だ。息子の心に届くかどうかわからないけれど、折に触れてそう話して聞かせた。

 

 

 

そんなある日、学校にいる息子から電話があった。今日は友達と約束があるので、帰りが遅くなるため学校に迎えに来てほしいと。私は心配になって息子に聞いた。
 
「友達って、誰? 学校で何をするの?」
 
「ダニエル(仮名)から日本語を教えてほしいって頼まれたんだ」
 
私は少し戸惑った。なぜならダニエルは息子から聞いていたところによると、話しかけても相手にしないといっていた子のうちの一人だったからだ。
 
私は息子の帰りが待ち遠しかった。どういう経緯でダニエルが日本語を学びたいと思ったのか聞きたかったからだ。日本語のレッスンを終え、車に乗ってきた息子によると、ダニエルは日本のアニメのファンで、それで日本語を学びたいと思い日本語ができる息子に頼んできたそうだ。ダニエルと息子の日本語レッスンはそれからも続いた。また、ダニエルを通じて、息子はアニメ好きの男の子何人かと仲良くなった。息子は「ワンピース」や「ポケットモンスター」、「ドラえもん」ぐらいしか観たことがなかったが、周りの友達の薦めで「進撃の巨人」にはまったようだった。
 
昨年の夏は、日本に帰省した際、日本の中学校にも体験入学をさせてもらった。難しい年頃で、ハーフのため外見が違うことでいじめられるのではと心配したが、息子が行ってみたいというので、本人の意向を尊重し、私の母校に頼んで3週間ほど学校に通わせてもらった。そこでも自己紹介で好きなアニメの話をしたら、一気にみんなと打ち解けたようだった。
 
息子にとって、ダニエルに日本語を教え、そこから友達関係が広がったことは、友達作りの成功体験となった。日本語ができるということで友達ができたことは、息子が日本人であることへの自信にもつながったようだった。日本語の勉強についても、アメリカに住んでいるのだから意味がないと言っていた息子の態度もそれ以来変化があった。日本語や日本の文化を忘れたくないと、以前よりも勉強に対して意欲が湧いてきたようだった。
 
息子のアニメ熱は徐々に冷めたが、スキーのプログラムで仲良くなった友達、オンラインのゲーム上で仲良くなった友達等、他にもパソコンを自作すると言う趣味を通じてできた友達、そして、小学校の時から仲良くしてくれているお友達、息子の友達関係は数は多くないが、悩んでいた時期から考えると徐々に広がっていった。

 

 

 

新型コロナウイルスがパンデミックになる少し前、息子をヘアサロンに連れて行ったときの帰りの車の中での会話だ。
 
「その髪型似合ってるよ。短いほうがやっぱりいいね。
昔、クラスの女子があなたの髪型がきもいって言ってたよね。あれ、言われてなかったら、今も同じ髪型してたのかな?」
 
当時、息子は短髪が嫌で、少し長めにはしていたけれど、気持ちが悪いというほどではなかったような気がした。
 
「確かに、あの女の子からキモいと言われてなかったら、気が付かないであの髪型のままだったかも知れない。人生には少しの批判は必要だと思うよ。それは改善できるチャンスになるんだから」
 
息子から意外なポジティブな答えが返ってきてはっとした。4年前に先生に友達関係を意識するスイッチを押された息子はもうすぐ高校に上がる。まだまだ子供っぽいところもあるけれど、自分のネガティブな体験をポジティブに変換できるようになった息子を見て、こそばゆい気持ちになった。
 
そんな人生の甘いも酸いも噛み分けたような息子の物言いを聞いて、私が息子にアメリカの生活の悩みを相談するようになるのも時間の問題なのかなと苦笑しながら夕日に向かって車を走らせた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語を忘れないように、2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得する。

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2020-08-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.91

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