週刊READING LIFE vol,114

人生のお守り『ピーナッツ』《週刊READING LIFE vol.114「この記事を読むと、あなたは○○を好きになる!」》


2021/02/08/公開
記事:みつしまひかる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『ピーナッツ』というコミックをご存じだろうか?
少なくとも、ほとんどの方がそこに出てくるキャラクターを知っているはず。世界で一番有名な犬、スヌーピーが出てくるコミックだ。チャールズ・M・シュルツ氏によって1950年から50年間描かれた連載コミックで、約1万8千ものストーリーがあり非常に膨大である。なお『ピーナッツ』というタイトルは記事配信会社がシュルツ氏の意に反して決めてしまったらしく、シュルツ氏はこのタイトルにはずっと不満を持っていたらしい。日本ではスヌーピーという名前のほうが圧倒的に有名で、本屋に並ぶ書籍や雑誌を見ても「スヌーピー」という単語で触れられることが多いから、もしかしたら作者としてはこのような状況はうれしいのかもしれない。
 
とにもかくにもこの記事では『ピーナッツ』をご存じない、あるいは深く知らない方にその魅力を紹介し、好きになってほしいという趣旨である。
 
『ピーナッツ』の最大の魅力は、この本が人生についてシンプルながらとても奥深いことを語っており、生きる力を分けてくれるところだと僕は思っている。出てくるのは子どもと犬(=スヌーピー)だけで、大人はこの世界には直接は登場しない。つまり子どもと犬が奥深いことを言っていたり思っていたりして、改めて考えると不自然に思える世界観であるものの、キャラクターがしっかりと描かれていて、彼らに起こる出来事やその積み重ねを考えるととても受け入れやすい内容となっているのだ。彼らには彼らなりに楽しいこと、腹立たしいこと、不安なこと、悲しいことが起こり、それについて何を思いどう対処するのかが描かれる。明らかな感情の爆発、特に喜び、怒り、悲しみはもちろんわかりやすいのだが、それらに加え、彼らは他の登場人物の発言や行動によって呆れさせられたり困らせられたりするのだが、そういうときは「ヤレヤレ!」と一言、あきらめつつも受け止めて日々を過ごす。そんなところに、子どもらしからぬ達観がみられ、大人の私が見ても考えさせられることが頻繁にあって興味深い。
 
このような観点から『ピーナッツ』とは人生のお守りになりうると思う。
 
また、あえて有名な「スヌーピー」の魅力だけにフォーカスしなかったのは、スヌーピーだけでなく彼の飼い主チャーリー・ブラウンや、その友達ルーシーなどをはじめとして様々な登場キャラクターに魅力があること、彼らの間での会話もまた素晴らしいものが多いためである。
基本的にスヌーピーは人の会話を解することができる非常に高い知能を持っているものの、彼は人の言葉で話すことはできず、子どもたちから話しかけられた時の反応は態度や行動、あるいは心の中で思うことで、彼の考えや想いは子どもたちには直接伝わらない。またスヌーピーには空想癖が非常に強く、彼自身の世界は豊かで見習うことは多いけれども、「すべての悩みは対人関係の悩みである」とアドラー心理学で言われるのと同じで、各キャラクター間の双方向の会話から大事な考え方なり名言が多く生まれていることからも、ここでは『ピーナッツ』としての魅力を語りたい。
 
ここでは登場キャラクターのうち3名を主に取りあげ、僕が好きなセリフを紹介させていただく。
 
 
①スヌーピー
あまりにも有名なキャラクターで、名前を聞けばすぐに造形が思い浮かぶだろう。二足歩行する犬だ。食いしん坊で、ごはんを飼い主チャーリー・ブラウンが持ってくるのを見るとハッピーダンスを踊りだす。せっかく犬小屋があっても、中に入らず上に仰向けで寝そべっている姿はとても有名だ。ただあまり知られていないが彼は空想家であり、ある時は第一次大戦の撃墜王であり、またある時は蝶ネクタイに帽子をかぶりカバンを持つ弁護士である。また趣味としてタイプライターを用いて小説を書いている。変則的に飛ぶ黄色い渡り鳥ウッドストックが親友で、彼の言葉はスヌーピーには通じるようだ。
 
彼は連載当初から登場しているが、最初は実は四本足で走り回る普通の犬だった。それが60年代になるとところどころ二足歩行をはじめ、70年代になると二足歩行が通常のように進化してきたのだ。シュルツ氏は後ろ足で立つようになったことを「私が今までしたことの中で一番良いことの一つ」と語っており、この進化が先に述べたようなスヌーピーの幅広いキャラクターにつながったことに疑問の余地がなく、そのために晴れて主人公の仲間入りを果たしたのだ。なおアメリカのカリフォルニア州にある「シュルツ美術館」には進化の様子が木製の作品として展示されているので、機会があればみていただきたい。
 
さて好きなセリフについては今回2つ挙げたい。
 
1つ目は、女の子ルーシーのいじわるな一言についてのセリフだ。
ルーシー「時々あなたは、どうして犬なんかでいられるのかと思うわ……」
スヌーピー「配られたカードで勝負するしかないのさ……」
 
これは僕たち人間、子どもにも大人にも言えることだろう。自分が持ちえないものについて考えたり思い悩んだりしてもどうしようもないのだから。他人と比べることが多い世の中だけれど、その差に卑屈になることなく、自分の長所にフォーカスを当てて前向きに生きていければいいじゃないかと、この言葉に励まされている。ただし、スヌーピーは犬として誇りを持っており、人間に対しては何の劣等感も持っていないであろうことは補足しておく。
 
2つ目は、自分のガールフレンドからスヌーピーのイトコと結婚すると手紙で告げられた時のセリフである。
「彼女を忘れるのにいったいどのくらいかかるだろう……」と失意の中とぼとぼ歩いた次のシーンでは、口の中をいっぱいにしながら「まァまァだね……ドーナッツ14個で忘れられたよ!」と言ってのけるのである。状況的には結構というかかなりハードなハズであるが、そこはさすがの食いしん坊で立ち直るのだ。恋のダメージは深い。それでも嘆き悲しんだ後でおいしいものを食べれば元気が出てくる、というある種のしぶとさ、チョロさは見習うところがある。もちろんそれは仕事についても同じだ。
 
なお、スヌーピーは飼い主であるチャーリー・ブラウンの名前を憶えておらず、「丸顔の男の子」として認識していたり、チャーリー・ブラウンが入院してしばらく会わないうちに彼のことを忘れたりと結構薄情である。スヌーピーのことをあまり知らない頃の僕は、その外見からなんて愛らしいんだろうと思っていたが、母はあの子は可愛げがないと昔言っており、半ば半信半疑だったが、それらのシーンを見てからは非常に納得した。
 
 
②チャーリー・ブラウン
丸顔の気の良い男の子。彼は非常に平凡な少年として描かれ特筆すべきことは何もない。引っ込み思案で心配性、好きな野球ではピッチャー兼監督だがチームは連戦連敗、活躍シーンも非常に少ない。ドラえもんで言えばのび太に非常に近い。だがのび太と大きく違うのは、チャーリー・ブラウンは挑み続けるところだろう。できることが少なくて日々苦悩しているけれど怠け者ではない。そして彼はスヌーピーへの愛情や両親への感謝が強い。ここで彼のセリフを2つ紹介しよう。
 
1つ目は、ピッチャーマウンドに立つ彼のセリフである。
「人生で不愉快なことを避けようとするのは間違ってるよ……」
そう言って大きく振りかぶってボールを投げる。この時点で彼はこれまでに幾多のヒットを打たれていることを念頭においてほしい。これまでひたすら負け続け、打ちのめされてきた少年なのに、そう胸中でつぶやいているのである。
 
一般的には、うまくいくことよりうまくいかないことのほうが多いだろう。それでも腐らず戦い続け、むしろ向かっていくような気概を持っている。屈せず、倦まず弛まず。大いに励まされる言葉だ。とはいえこの続きでは痛烈に打ち返され、「とはいえ、もっとよく考えてみようかな……」と決意が揺らぐ。ただそれでも折れてはおらず、嘆きながらも屈さないのが彼のスタイルだ。
 
2つ目は、家族についての感謝を暗に示したセリフ。
友達に安心感って何だと思う?と聞かれると、彼は「両親の運転する車の後部座席で眠れること」と答える。「きみは何も心配しなくていい……まえの席にはママとパパがいて、心配事はぜんぶ引き受けてくれる……何から何まで面倒みてくれる……」。この言葉に友達は納得するのだが、続いて彼はこう言う。「でも、それはいつまでも続かない!あるとき突然、きみはおとなになって、もう二度と同じ気持ちは味わえないんだ!」と。さすがにこのセリフはあまりに達観していて子どもらしくない。ただ彼は作中で人生の悲哀を背負っているようなキャラクターで、また父親に対する感謝が別のシーンで述べられていることもあり、彼のセリフとしてはさほど違和感がないのだ。
 
友達の父親のほうが彼の父親よりすごいと自慢されたとき、彼は肯定する。自慢を続けようとする友達を遮って、彼は父親の働く理髪店の前に友達を連れていき、「彼が店に行くと父親はどんなに忙しくても必ず手を止めて笑いかけてくれる、僕を愛してくれているから」と伝える。彼の父親はどうやら彼と似て冴えないタイプなのだろう。でも彼が重視しているのはその能力面ではなく、愛情。自分が愛されているという確信と、そこから湧き上がる満足感と自信だ。揺ぎなく友達に反論する態度に、彼の強さの源泉が見て取れる。
 
僕自身は自分にも家族にも他人にも能力面を重視して点数をつけようとする習性があるけれど、彼のこのような愛情を一番の価値基準に置いている姿勢には不覚にも目が潤んでしまう。自分は何て不純なのか、どうして捻じ曲がってしまったのかと。正直なところ僕自身は小学2年生くらいにはそのような傾向が強かった。父と比較して能力面でははるかに劣るように映る母に対し、その価値に疑問を持ってしまっていた。
 
以降、愛情は間違いなくあるにもかかわらず冷たい理性と温かい感情の間で僕は長らく苛まれてきた。ただ僕の2人の祖父が亡くなったり、母方の祖母の認知症がひどくなり世話をし続けたりしている姿を見ていると、母の愛情の深さや感性の純粋さ、豊かさを次第に思い知らされるようになり大きく見直すこととなった。
 
父は生物系の研究者であり科学面、つまりは理性面・知識面で優れた人物であり、それが幼少期から僕の尊敬を勝ち得ていた理由だった。僕の価値基準は理性面に非常に偏っていたため、母は一般的に言うと学力は高いはずだが父と比べるとどうしても見劣りしてしまっており、それが僕の彼女に対する評価が低かった原因であった。しかし、愛情面や感性からすると、彼女は父と比べてはるかに優れているように感じたのだ。加えて彼女は料理が得意でおいしいごはんを作ってくれたし、保護者会で卓球をしたり、ボランティアで音読活動をしたりと非常に好奇心が旺盛で行動力のある人物だった。
 
これにて晴れて僕は両親ともに心から尊敬できるようになった。大学院生の頃である。
先のチャーリー・ブラウンのセリフには僕自身の葛藤とその解消を思い出させる力があり、改めて両親へ感謝するきっかけをくれるため、個人的にとても感謝している。
 
 
③ルーシー
おしゃべりで批判家の女の子であり、世界が自分を中心に回っていると思っている自己中心主義者。チャーリー・ブラウンや弟のライナスにもよく嫌がらせをしている。「心の相談室」を開いて相談に来たチャーリー・ブラウンから毎回5セントを徴収している。その多くの回答は辛辣だったり、まったく不安の解消にならなかったりすることが多いが、ごくたまに彼女らしく、かつ実効性のある回答をする。
 
ここで彼女のセリフを4つ紹介しよう。
 
1つ目は、「心の相談室」に来たチャーリー・ブラウンの相談について。
チャーリー・ブラウン「なにもかも望みがない……ボク どん底だよ……」
ルーシー「うちへ帰ってゼリーのサンドイッチおあがんなさい……5セントいただきます」
 
チャーリー・ブラウン自身、一方的に辛辣なことを言われることの多い「心の相談室」に来てしまう理由がよくわからないようだが、ルーシーの独断的、かつ独創的な意見に期待している部分があるのだろう。珍しくこの回答は役に立つ部類と思われる。なおこの後「こういう治療法は医大じゃ教わらないわね」と、自分自身の回答に満足しているようなセリフが続く。
 
2つ目は、彼女の弟ライナスといるときのセリフだ。本を読みながら動物の子どもの呼び方を音読している。
ルーシー「ワシの子どもはイーグレット。カンガルーの子どもはジョーイ……タラの子はコッドリング……」
ライナス「人間の弟はなんていうの?」
ルーシー「オカワイソウ!」
 
明らかに最後は彼女の創作だが、彼女からすると弟はいじめる対象で、損な役回りからそのように名付けたのだろう(自身でやっておきながら)。
 
3つ目は、チャーリー・ブラウンに対する毎年恒例のいじわるを行う際のセリフ。
ルーシーがフットボールを地面にセットする。彼女の期待される役割は、チャーリー・ブラウンがボールに突進してくるまでボールを保持し、蹴る瞬間に離すことであるが、毎回蹴る直前でヒョイとボールをどけて、チャーリー・ブラウンはこけてしまうのだ。フットボールシーズンに毎回行われる。
チャーリー・ブラウンは最初、騙されるわけないだろと言うが、今回は信じろと毎回言いくるめられ、信じた挙句騙される。こけさせた後の一言が「このほうがよくない、チャーリー・ブラウン? 人を信じるほうがまだましでしょ?」である。信じるからこそ裏切られるけれど、それでも信じてしまうもの。ある意味彼らの間で信頼関係が成立していると言える。
 
4つ目は、彼女にしては非常に温かい一言。
スヌーピーをなでながら、「しあわせはあたたかい子犬」。チャーリー・ブラウンは間違いなくそう思っているだろうが、ルーシーもまた、時には優しい気持ちを持っている。
 
さて最後に、もう一度スヌーピーとチャーリー・ブラウンの話に戻ろう。
チャーリー・ブラウンはあるとき、学校にいても大した人にはなれないから、学校をやめて、残りの生涯を犬のために捧げると言い出す。結果として彼は断念するのだが、その際にこういう一コマがある。
チャーリー・ブラウン「残りの生涯をきみを幸せにすることに捧げられると、ほんとうに思っていたんだよ…… うまくいかなくて残念だ」
スヌーピー「気にしなくていいよ。その前から幸せだったんだから」
スヌーピーは少し薄情なところがあるが、彼らの愛情が双方向であることがはっきりと示された一コマだ。
 
いかがだっただろうか? 皆さんの人生にも彩りを添えてくれるセリフが見つかり、好きになってくれたならうれしい。
他にも名言はいっぱいあるので、ぜひとも『ピーナッツ』の世界にどっぷりとハマっていただきたい。
 
 
 
 
参考文献
「スヌーピー こんな生き方探してみよう」 朝日文庫
「スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック『ピーナッツ』」 朝日文庫
「A peanuts book featuring Snoopy」 角川書店
「スヌーピーミュージアム 第二回展 『もういちど、はじめましてスヌーピー。』図録」

□ライターズプロフィール
みつしまひかる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪府出身、在住。大阪大学卒、大阪大学大学院卒(生物系修士)。
2020年7月開講の天狼院書店のライティング・ゼミ受講。2020年12月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
ちょっとだけでも読んだ人の心が満たされるようなものを、そして書いた自分も大好きになれるようなものを書きたいと願っています。

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2021-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol,114

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