週刊READING LIFE vol.137

俺は清原に嫉妬し続けていたいのだ《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:椎名真嗣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
男が2人、殴り合っている。
1人は190cm近く 100kgを超える大男で頭にはヘッドギアをつけている。もう1人は身長では10cmほど低い。試合は一方的に小男が大男を殴り続ける展開。大男も左右のワンツーを繰り出すが、簡単に交わされる。
小男の狙いすましたカウンターが大男の顔面にヒット。大男はあっさりダウン。
小男はダウンした大男に叫ぶ。
「きよさん、まだでしょ! まだやれるでしょ!」
 
清原 和博は俺達世代のヒーローだ。
松坂世代とかよくいうが、そういった言い方でいうと俺達1967年~68年生まれは清原/桑田世代といったところだろう。
高校野球における清原、桑田がいたPLは強かった。清原が高校1年の夏に優勝、2年の春夏に準優勝、3年生の夏はまた優勝したのだから。俺達がまだ10代だった頃、野球は何と言っても花形スポーツ。現在は野球の他にもサッカーやラグビー、バスケットボール等多くのスポーツ競技が楽しまれるが、当時はローランドではないが、『野球か、野球以外か』っていう感じ。高校時代に剣道をやっていた俺は全くの日陰者だ。野球をやっている奴は女子にもモテモテ。俺はそれを横で指をくわえてみていた。その高校野球の頂点に君臨するのがこの清原だ。さぞやモテるんだろうな、と俺は一度も会った事もない清原に嫉妬した。
 
俺が受験勉強の追い込みに勤しんでいた高校3年の11月、ドラフト会議が行われる。ドラフトの目玉はもちろん清原だ。
巨人に入団する事を熱望していた清原。
その巨人が一位指名をしたのはこともあろうか桑田だった。
ドラフト会議後の記者会見では、失意で涙をためた清原の姿が放送されたのだった。
 
そんな清原も翌年の86年西部ライオンズに入団。
しかもライオンズに入って大活躍をする。
清原入団の1年目。
清原はライオンズが日本一になることに大きく貢献し、その年の新人王に輝いた。
そのころの俺といったら、志望大学は落ちて失意の中鬱鬱とした浪人生活を送っていたのだった・・・・・・
 
97年。
清原は11年間ライオンズで活躍した後FA(フリーエージェント)権を取得。
俺はというと一浪してなんとか大学にはいったものの、定職をもたずフリーターを続けていた。
一軍登録を8年間続ける事でどの球団とも契約締結が可能となるフリーエージェントの清原と定職をもたずふらふらしているフリーターの俺では雲泥の差。
フリーエージェントになった清原は憧れの巨人に入団。同じころ、俺はフリーターを卒業し、なんとか小さなIT会社に営業として就職する事となった。
 
3年後の2000年。
清原はモデルと結婚。翌年も大活躍。2002年には清原の活躍もあり、巨人は日本一になる。俺はというとやっと定職に就いたものの、営業としてどん詰まり。役員から「君。もう(ここの仕事)辞めた方がよいのでは」と事実上の退職勧告をされる身にまで落ちていた。
清原が日本シリーズで活躍する様をTVで見ながら、「もう、あんな会社辞めてやろう」と退職願を書き始める。すると俺の中でTVの中の笑顔の清原が退職勧告した役員とダブったのだった。
「ちくしょう、このままじゃ、負け犬のままだ。俺はお前が羨まし。いつかお前を見返してやる」、とTVの中の清原に言い、俺は書きかけの退職願を破り捨てた。
 
2006年。
清原は当時の監督であった堀内との確執もあり、巨人を戦力外通告され、オリックスに移籍。
俺はやっと営業としての方向性が定まり、実績も残せるようになる。そして課長に昇進。一方清原は2007年に引退してしまう。
俺はこの頃から清原に対する嫉妬心が薄れていったのだった。
 
10年後の2016年。
清原が覚せい剤で捕まった。
少し前から週刊誌等で薬物疑惑が報道されていたが、やはりびっくりした。
俺達のヒーローだった清原がまさかそんなことをしでかすとは!?
清原はその年の5月、懲役2年6月、執行猶予4年の判決を受ける。
俺はというと営業部門のナンバー2まで昇進していったが、失脚。
2階級降格となる。
 
TVの中で警察に逮捕され、俯く清原に
「俺達、これからどうなるのだろうな?」
と聞いてみた。
TVの中の清原は俯いたまま何も答えない。
俺は
「俺達、おわっちまったんだろうな」
と更にいってみた。
警察署に連行される清原の後ろ姿は俺の言葉を肯定しているように見えた。
 
昨年2020年。
清原は執行猶予が明け、少しずつメディアに出始める。しかし一方で覚せい剤の後遺症である、フラッシュバックの症状、またうつ病にも苦しめられている事も吐露した。そして今年2021年

 

 

 

YouTubeのチャンネル清ちゃんスポーツ。
「恐怖に勝ちたい。病気に勝ちたい。心に種火をともしたい」と話す清原。
その言葉を現役の総合格闘家で清原の親友でもある秋山 成勲が黙って聞いている。そしてリングに立つ二人。
 
ゴングがなる。
体格的には身長で10cmほど、体重では20kgほど清原の方が大きい。
見た目は清原が大男。秋山は小男だ。
しかし現役に格闘家である秋山はそんな大男に清原にいとも簡単に強烈なパンチを浴びせる。一方的に殴られ、何度となく倒れる清原。それでも立ち上がり続ける。立ち上がったところを秋山の容赦ない右ローキックが清原の左足にヒット。
バキ、と鈍い音が響く。耐えきれずにまたダウンする清原。
「まだです。きよさん、こっからです」
と秋山。
その言葉に呼応するように、何とか立ち上がる清原。しかし呼吸は乱れ、立っているのもやっとの状態。残った力を振り絞り左右のフックを放つ清原。秋山はそのフックを軽くかわし、左フックのカウンター、そして右ミドルキック。耐えきれずに再度清原はマットに沈んだ。
 
「まだです! 自分の限界を決めないでください。まだまだいけます! 勝つんでしょ! まだですよ!」
と、リングに横たわる清原に叫ぶ秋山。
そしてリングの外で見守っているスタッフに対して
「誰も止めんな! (止めるのは)俺が決めるから!」
と叫んだ。
起き上がる清原。
「倒しにいきますからね」
と秋山。
 
その言葉を受けて猛然とパンチを繰り出す清原。
秋山は清原の右ストレートに左フックのカウンターをあわせた。ドン、と鈍い音がリングに響く。またしても倒れる清原。
 
「危ないな」
俺は思った。
清原はヘッドギアをしているとはいえ、これだけプロのパンチを受けると脳震盪もありえる。もう限界だ。いくらなんでもこれ以上続けるのは危険すぎる。しかし秋山は倒れている清原にこう言った。
「鬱に勝つんでしょ!」
「くそ!」
と清原は言いながら、再度立ち上がる。
 
無暗やたらに左右のフックを繰り出す清原。
秋山はそのパンチをブロックし再度右ミドルキックを放つ。
バキ、と清原の足がまたしても悲鳴を上げる。苦悶の表情に清原。
 
「勝つんでしょ。来いよ、もっと来いよ。勝つんじゃなかったんですか? 兄貴!」
と言って、秋山は右フックを清原の顔面にたたきつけた。
 
また、清原は倒れた。
「もう立てないだろうな」
俺は思った。
いくらなんでももう無理だ。
しかし、俺が思っている事を逆の事を秋山は清原に言った。
「早く立ってください。まだです。まだ立てます! がんばってください!」
 
もう限界はとうに超えている清原。
しかし、立ち上がる。疲労困憊だが目は生きている。俺は負けない、と目が言っている。
立ち上がってきた清原に秋山は容赦なく、左右を連打。また倒れる清原。もう見ていられない。
「立て! 負けたらダメだって!」
立ち上がった清原は左右のフック、ボディー アッパを繰り出す。
「まだまだ勝てる! 勝てる!」
と言いながらコーナーに詰まる清原。
「押し返せ!」
必死に秋山を押し返した清原のボディーに、容赦ない秋山の右ボディーが決まった。
清原ダウン。秋山はリングに大の字で倒れている清原に
「ありがとうございました」
一礼した。
立ち上がれない清原も秋山に
「ありがとうな。秋山」
と礼をいった。

 

 

 

「俺は一体何を見たのだ?」
YouTubeを閉じたて考える。
 
今みたのはフィクションなのか? ノンフィクションなのか?
しかしそんなことなんてどうでも良い事なのじゃないか。
何故なら清原のあの何度も立ち上がる光景を見る事で俺の心にも種火が灯ったような気がするのだから。
もう一度俺も立ち上がろうじゃないか。
あれほど才能に恵まれた清原ですら、道を踏みはずし、有罪となり、今は薬物依存や鬱から立ち直ろうとしているのだ。
俺の不遇、失敗なんて、たかがしれているじゃないか。どんなに倒れても立ち上がればよいのだ。それを清原は教えてくれた。
俺はそんな清原に嫉妬した。
そして
「清原にはこれからも俺を嫉妬し続けさせてくれる存在であってほしい」
心の底からそう思ったのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
椎名 真嗣 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ。
IT企業で営業職を20年。その後マーケティング部に配置転換。右も左もわからないマーケティング部でラインティング能力の必要性を痛感。天狼院ライティングゼミを受講しライティングの面白さに目覚める。
現在自身のライティングスキルを更に磨くためREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に所属

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

関連記事