週刊READING LIFE vol.146

「美しく生きる」ということを教えてくれたイトマン事件《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「イトマン」という会社をご存知だろうか。
 
かつて大阪にあった、元々は「伊藤萬」と漢字表記だった、繊維が中心の総合商社だ。
「イトマン事件」と言った方が、わかりやすいかもしれない。
あの、戦後最大の経済事件の舞台となった会社だ。
 
私は、短大を卒業後に入社したのが、このイトマン株式会社だった。
入社の前年には、創立100周年を迎えた老舗の商社。
100周年の新入社員は100名だった。
歴史があり、さらに躍進してゆく鼓動が感じられるような会社に、私は前途洋々たる気持ちで入社し、社会人としての生活をスタートさせた。
 
貿易部門は商社にとって憧れの部署だが、当時、ワンフロア全てが海外向けの事業の時代があって、用事があってそこを通るたびに、活気のある現場にワクワクしたものだ。
先輩たちも皆おしゃれでかっこよく、英語で商談をしていたり、テキパキと仕事をこなしていたりする姿に憧れ、私もあんなふうに成長してゆきたいと思った。
 
会社は、大阪のビジネス街の一等地に自社ビルを構え、地下鉄から直結していたその立地は申し分のないものだった。
ちょうど、入社後数年でバブル期を迎え、20歳そこらの私もたくさんのお給料を貰えた時代だった。
「華の金曜日」という言葉が生まれたのもこの頃で、アフターファイブには食事に行ったり、ディスコに踊りに行ったり。
特に、金曜日の夜ともなると、大阪のキタやミナミの街はにぎわったものだ。
終電を逃した人たちが、タクシー乗り場に長蛇の列をなし、自宅まで10000円以上かかるようなタクシー代もいとわず、夜な夜な遊び歩いていたものだ。
そう、当時はまるで10000円が1000円くらいの気持ちで使っていたように思い出す。
 
商社での仕事はどれも楽しく、周りの先輩や上司にもよくしてもらえて、本当に楽しい社会人生活だった。
人生の中で、初めての自由で華やかな時間を経験した。
他の会社での経験はないが、間違いなく社風は明るくエネルギーに満ちた会社だと感じた。
 
ところが、その会社の雰囲気が徐々に変わっていったのだ。
 
右肩上がりで伸びていた株価。
ちょうど、友だちが経理部にいたので、そろそろ持ち株会の株を売ろうかと相談したところ、「社長は2000円まで行くって言ってたよ」という一言に欲が増し、私は大きな失敗をしてしまった。
不動産投資への借入金が莫大に膨らみ、会社の経営が思うように行かなくなっていった。
株価も、みるみるうちに、急降下していった。
 
面白いことに、自分の会社に問題が起こっても、一部の上層部の人間以外、初めは案外わからないものだ。
日ごとに社内に流れる噂も錯綜し、そのことが気になりながらも日々の仕事に追われ、ますますモヤモヤした闇の中にいるような状態が続いた。
それからさほど時間が経たないうちに、やがては大事件へと発展し、報道番組、ワイドショーなどが会社に押しかけるような状態になっていった。
お昼時間に社外に出ると、すかさずマイクを向けられ「今回の問題、いかがなんでしょうね」と問いかけられたが、「こっちが知りたいわ!」と、思わず言い返したくなるような気持ちだった。
 
実際、報道の記事から「そうなんだ」と知ることが多かった。
社員が一番、今の状況をわかっていないのだから。
そう、自分のマンションの上層部が燃えていても、1階に住んでいると炎にも気づかず、近所の人が119番通報をしてくれるようなものだ。
 
やがて、会社の存続についても危うい空気が流れ出すと、毎週のように周りの上司、先輩、同期が辞めていった。
毎週、誰かの送別会をやっているような時期もあった。
一気に社内の雰囲気は変わり、明日のこともわからないような、そんな時期を迎えていった。
いよいよ、会社は他の会社に吸収合併されることが決まり、イトマン株式会社の最後となる1993年3月、私も会社を結婚し、海外赴任するため退社することとなった。
 
当時の社長のワンマン経営、莫大に膨らんだ借金の解決方法の取捨選択、見えない部分が多い中、ずいぶんと時間が経ってからそんなことがわかってきた。
私自身、人生の中で、仕事と呼べることをしたのはイトマン株式会社、夫の会社、個人起業だ。
だんだん規模は小さくなっていっているが、本質は変わらないとつくづく思うのだ。
大きな会社であろうと、個人起業であろうと、そこに携わっているのが人である限り、同じだと思う。
個人起業といえども、日々勉強し、周りの人たちから教えられ、成長してゆきながら収益を上げてゆく。
独りよがりで、人の声に耳も傾けずに突っ走っていったって、何の成果も残せない。
もちろん、いくら元社員であったとはいえ、その事件の全容は把握していないし、裁判を終えても詳細は不明と言われている。
そんな大きすぎる事件、問題に意見をする術も持ってはいない。
ただ一つだけこの事件から私が学び取ったことがあった。
 
少し前になるが、テレビでかつての「イトマン事件」を取り扱っていた。
当時の事件に関わった人たちが取材されていたのだが、社長の年老いた姿もそこにあった。
私は、イトマンに勤めていた当時、毎朝7時台には会社に行っていた。
大阪で一番利用客の多い地下鉄路線を使っていたので、満員電車に遭いたくなかったからだ。すると、時々、同じように早くから出社してくる社長にも会ったものだ。
元銀行員らしいパリッとしたスーツ姿に大きめのビジネスバッグと新聞を持ち、品の良い出で立ちで大きな声で「おはよう」と挨拶をしてきてくれたのだ。
清潔感のある精悍なイメージの社長だった。
 
それが、あまりにも変貌していた姿を見て、私は何とも言えない気持ちになった。
年を重ねただけではない、これまでの経験、考え、思いが人を変えてゆくのだと思う。
仕事、収益を上げること、それにばかり注力してしまうと、何か大切なモノを見失ってしまうのだろう。
それが全身に表れるのだろう。
 
そんなことを私がテレビ画面を通して感じた時、人として、人生の最後の姿は、やはり美しくありたいという思いがふとわいてきた。
なぜならば、自分が生きてきた歴史は、売上や総資産なんかよりも、自分のその姿が全てを物語っていると思うからだ。
 
私自身の仕事はこれからも続く。
個人での仕事に定年というものは一切ない。
ならば、私自身、目標は売上などの数字だけでなく、「美しく生きる」ということをさらに大きく掲げてゆきたい、元社長のその後の姿を見ることで、そんな思いを強く抱いた。
 
大阪本町のイトマン株式会社があった場所には、今は外資系のホテルが建っている。
そのホテルに初めて行ったとき、寂しさと共に、「栄枯盛衰」そんな言葉が頭をよぎった。
 
それでも、私はイトマン株式会社で仕事ができたこと、たくさんの経験をさせてもらったこと、尊敬できる多くの上司、先輩、同期との出会いには感謝している。
 
戦後最大の経済事件の舞台となった会社で経験したこと全て、私自身の人生の教訓として、これから先の人生に活かしてゆこうと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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